【視点】過労死しても「肉体的に楽な作業」、こんな無責任な町役場では働けない
元上司、勤務時間を管理しないまま「週40時間勤務だった」
町長、公務災害の認定後も事故調査せず 和解案も拒否
屋久島町営牧場過労死訴訟・証人尋問

屋久島町役場の職員たちは、自分が、こんな無責任な幹部が運営する職場で働いていることを知っているのだろうか?
町営牧場の職員だった田代健さん(当時49)が公務中に過労死した問題をめぐる裁判で、元上司たちが発する証言を聞き、我が子や知り合いに屋久島町役場への就職はとても勧められないと思った。地方公務員災害補償基金が過重労働による公務災害だと認めているのに、「肉体的に楽な作業だった」などと言い張り、基金の認定事実を完全否定する証言ばかりを続けたからだ。
過労死前の半年間で休日は5日間
田代さんが亡くなる直前の労働実態について、基金はこう認定した。
・亡くなる3日前までの連続勤務は約50日間
・発症前1カ月間の時間外労働は約81時間
・死亡までの半年間で取れた休日は5日間
これに対し、元上司2人は「週40時間以内で十分にできる定常作業だった」と主張。休憩時間になると、「エアコンがきいた車の中でゆっくりと休んでいた」と言って、田代さんは「肉体的に楽な作業」を続けていたというのだ。

客観的な証拠を示さず「楽な作業」と認識
だが、元上司たちは実際の勤務時間を管理していなかった。
遺族の代理人から「田代さんが休みの日も朝作業をしていたことを知っていたか?」と問われると、「確認したことも、聞いた記憶もない」と回答。つまり「週40時間以内」の作業というのは、あくまでも元上司たちの「認識」であり、2人は田代さんの実働時間を全く知らなかったのである。
それなのに、どうして田代さんの長時間労働を完全否定できるのか?
一般論として、訴訟を提起されれば、原告の訴えを否認する必要があるのはわかる。
だが、いくら「楽な作業だった」と主張しても、その根拠が町側の「認識」だけというのは、どうにも理解できない。町民1万1000人の命と暮らしを守る地方自治体であれば、自らの主張には客観的な証拠を示すべきであり、もしできないのなら、基金の認定事実を受け入れざるを得ないはずだ。

荒木町長が判決を望み証人尋問に
ところが、町の代表である荒木耕治町長の対決姿勢は頑なだった。
鹿児島地裁は昨年11月、町に一定の管理責任があったことを認めて、町が解決金4000万円を遺族に支払う内容の和解案を提示した。遺族は受け入れの意思を示し、町の代理人も和解の席に付く方向で調整したのだが、こともあろうに荒木町長は和解案を拒否。そして、町長だけが判決での解決を望み、今回の証人尋問となったのである。
元上司、遺族の前で長時間労働を否定
法廷では田代さんの遺族たちが傍聴席に座り、元上司たちの証言に聞き入っていたが、さぞかし辛く、悔しかったことだろう。
「269日」「215日」「194日」「124日」……。
過去の作業日報を手にした遺族の代理人が、田代さんが1日も休むことなく働き続けた日数を明らかにする一方で、元上司たちは「週40時間で十分だった」と強弁するのだ。それも定常的な作業ばかりで、「肉体的には楽だった」とまで言って、田代さんを死に追い詰めた過重労働を完全否定したのである。

職員の過労死、町議会で報告もなく
そもそもだが、2019年8月に田代さんが亡くなって以降、荒木町長が死亡事故の調査を指示したことは一度もない。また、2023年2月に公務災害が認定されても、町長が町議会などで報告したり、哀悼の意を捧げたりすることはなく、ずっと田代さんの過労死を否定し続けているのである。
町は7月13日、ウェブサイトで「令和8年度第1回屋久島町職員募集」と題した記事を掲載した。そこには「一般職員 若干名」に加え、「建築技師」や「社会福祉士」など専門職の計5人の募集要項が示されている。
しかし、田代さんが犠牲になった公務災害の経緯と事実を知らされれば、好き好んで屋久島町役場で働きたいと思う若者はいないだろう。もし、同じように自分が過労死ししたとしても、町長ら町幹部は調査することなく、こう主張して否定するのだから。
「楽な仕事ばかりで、町としては過重労働があったという認識はない」
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