【視点】荒木町長、なぜ職員が公務で死亡したのに調査せず放置したのですか?
和解拒否の荒木耕治町長に証人尋問の可能性
職員の公務災害が認定されても 死亡事故の原因を調査せずに放置した理由とは??
屋久島町営牧場 過重労働死訴訟

屋久島町営牧場で町職員の田代健さん(当時49)が公務中に死亡した問題をめぐる訴訟で、被告の町は1月13日、町が遺族に解決金4000万円を支払う和解案を拒否することを鹿児島地裁に伝えた。今後は判決に向けて、関係者の証人尋問が行われる予定で、町の代表者である荒木耕治町長も証人として法廷に立つ可能性が出てきた。
そこで、もし荒木町長の証人申請が認められたら、原告の遺族側はどのような証言を引き出せばいいのか、具体的に考えてみたい。
職員、長時間労働で増員を求めた末に死亡
まず一つは、2019年8月に死亡事故が発生したのちに、雇用主の町として、なぜ田代さんが亡くなった原因を調査せず、そのまま放置したのかということだ。
死亡した当初、医師からは「死因不明」と判断されたため、田代さんが亡くなった原因を究明する必要があった。町に残された田代さんの勤務記録は「週40時間」以内だったが、実際には長時間の時間外労働が常態化しており、田代さんら牧場職員は担当課長に増員を求めていた。
だが、職員の願いは聞き入れられず、その4カ月後に田代さんは亡くなった。
これらの経緯を踏まえれば、田代さんが過重労働で亡くなった可能性は否定できなかった。荒木町長としては、速やかに調査委員会を立ち上げて、関係する職員の聴き取り調査などをする必要があったのである。

町の協力なく公務災害の認定まで3年半
ところが、それにもかかわらず、荒木町長は調査を指示することなく、そのまま放置した。その結果、田代さんの遺族が民間の労働災害にあたる公務災害を申請しても、勤務時間が短いことを理由に受け付けてもらえない事態に陥ってしまった。
その後、遺族は田代さんの同僚職員の記憶を頼りに、実際の勤務時間や作業内容を文書にまとめて公務災害を申請した。そして、地方公務員災害補償基金は2023年2月、過重労働の末に心筋梗塞を発症して死亡したとする判断に至り、田代さんの死を公務災害と認定。牧場での勤務時間について、町が実際より短く記録していたために、公務災害の認定に3年半もの歳月がかかり、遺族が深く苦しめられる結果となった。
町、公務災害の認定事実を完全否定
ここでもう一つ荒木町長に尋ねたいのは、公務災害が認められたのちも、なぜ田代さんの死亡について調査を指示しなかったということだ。それどころか、「町としては、過重労働はなかったという認識」だと言い張って、実質的に公務災害の認定事実を完全に否定。これによって、遺族の心はさらに大きく傷つけられた。
同基金から遺族に送られた公務災害の認定理由書には、牧場での過酷な労働の実態が記されていた。雇用契約書で勤務時間は「週40時間」とされていたが、実際には時間外労働が恒常的に続き、死亡する1カ月前の時間外労働は約90時間。亡くなる3日前までの連続勤務は50日にもなり、半年間で取れた休暇は5日だけだった。
そして、同基金はこう指摘して、町に管理責任があることを認めた。
「時間外勤務時間を含めた業務配分を現場の職員に任せ、そもそも業務命令権者として主体的に勤務時間を管理する体制になっていなかった」

公務災害の認定理由に目をつぶる町
だが、荒木町長がこの認定理由書を読むことはなかった。同基金から送付する旨の連絡が届いても、町は自らその申し出を断り、公務災害の認定事実に目をつぶったのである。
田代さんの勤務管理について、荒木町長は直接的に関わる立場にはなかった。だが、死亡事故が発生したのちに、荒木町長が速やかに調査を指示していれば、公務災害の認定に3年半も要することはなかったであろう。そして、それほどの長きにわたり、遺族が苦しまずに済んだことは明らかである。

遺族を苦しめた町の不作為
この訴訟で、遺族が求めている賠償額7000万円には、町の不作為によって公務災害の認定が遅れたことに対する慰謝料も含まれている。そうであれば、田代さんの死亡事故について調査を指示せずに放置した荒木町長の責任は、極めて大きいと言わざるを得ない。
そして何より、鹿児島地裁が提案した和解案を拒否する決定を下したのは、他の誰でもない荒木町長である。そうであれば、屋久島町の代表者として法廷に出向き、自らの口で証言をすべきである。
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