取材記『離島記者』

3章 容疑者①『離島記者』

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『離島記者 報道砂漠で闘う市民メディアの挑戦』カバー写真

屋久島町長に端を発した出張旅費不正精算事件は、副町長や議長、副議長にも広がり、町を代表する4人が公費を着服するという、町政が始まって以来の大不祥事となった。

だが町議会は、虚偽の領収書が発行された経緯を調査することなく、見て見ぬふりを続けた。そこで、この無責任極まる状況を見かねた住民団体が「やむなく」刑事告発に踏み切り、町トップの4人が詐欺などの容疑をかけられる前代未聞の事態に発展した。

【左】出張旅費の不正精算の責任を取って議長を辞任した岩川俊広町議(手前)=2020年1月10日、屋久島町議会【中】出張旅費の着服疑惑について記者会見する荒木耕治町長=2019年12月26日、屋久島町宮之浦のホテル【右】出張旅費の不正精算について謝罪する岩川浩一副町長=2020年3月6日、屋久島町議会

航空運賃のシルバー割引を悪用した荒木耕治町長の旅費着服は、町議会の一般質問で疑惑が指摘され、それに続く報道で不正の事実が明らかになった。さらに、岩川浩一副町長らによる不正精算についても、私たちの取材によって、実際より高額な航空券代が書かれた虚偽領収書の存在が判明した。

もし報道の追及がなければ、総額で200万円以上の被害が出た荒木町長らによる出張旅費の不正精算は、誰にも知られないまま、その後もずっと続いていたということである。

それゆえ、荒木町長を支持する町議や住民は、私たちの報道に怒り心頭だったに違いない。そして私は、領収書の水増しを続けていた旅行会社の責任者から「強引に証言を引き出した」として、町長派の石田尾茂樹町議ら6人に強要の疑いで刑事告発されてしまった。

2020年8月25日、いよいよ警察で事情聴取を受ける日が訪れた。任意の聴取ではあるが、刑事告発を受けての取り調べである。どんな言い訳をしても、私の立場は刑事事件の「容疑者」だった。

その8年前の夏、5歳になる娘を抱いた妻と一緒に、家族3人で屋久島空港に降り立った私は、目の前に広がる世界自然遺産の深い森に胸を躍らせた。人生の後半は家族とのんびり暮らしながら、屋久島の自然をテーマに取材するのが夢だったが、まさかこんな日が来るとは想像すらしなかった。

人生「一寸先は闇」というが、このことわざの意味が、これほど身にしみたことはなかった。車のエンジンをかけて、ふとルームミラーを見ると、妻の横で不安げな表情を浮かべた娘が手を振っていた。私の独断で、東京から無理に家族を連れてきたことを後悔しつつ、2人には心からすまないことをしたと思った。

島東部の安房地区にある屋久島警察署は、山の遭難や交通事故などの取材で通いなれた場所だ。早朝の高速船で鹿児島地方検察庁に身柄を送られる交通死亡事故の容疑者を撮影するために、未明の真っ暗な署の前で待ち伏せ取材をしたこともあった。

しかし、この日は一転して、私が容疑者である。

そっと警察署に入りたかったが、だだっ広い駐車場にぽつんと車を停めると、まずいことに、とてもよく目立った。署の正面玄関をくぐると、顔見知りの警察官もいた。いつもなら「こんにちは」と軽快にあいさつするのだが、どうにもばつが悪くて仕方がない。私はずっと下を向いたまま、無言で生活安全刑事課がある2階へ向かうしかなかった。

屋久島警察署

階段を上り切ると、長い廊下の端にある取調室の前で、2人の男性警察官が待っていた。私は軽く会釈をして、そのまま部屋に入ろうとしたのだが、すぐさまこう言われて止められた。

「取り調べなので、手荷物はすべて部屋の外に置いてください」

頭では理解しているつもりだったが、刑事事件で事情聴取をされるという自覚が足りなかったようだ。すぐに私は、愛用のリュックサックを廊下に置かれた椅子の上に残して、再び部屋に入ろうとした。だが、またしても制止されてしまった。

「念のため、体を調べさせてもらいます」

この指示に従って、かかしのように両腕を左右に広げると、警察官は私の脇や胴まわりを手で触り始めた。やがて、その手はベルトの裏側に入り、ワイシャツとズボンの間をまさぐった。さらに手は動き続け、腰から太もも、ふくらはぎ、足先へと滑り、ズボンと靴の中に何も入っていないことを確かめた。

凶悪犯でもないのに、いったい何ごとかと思ったが、これが警察の決まりなのだろう。任意の事情聴取と聞いていたが、ここまでやられると正真正銘、刑事事件の取り調べである。私の緊張は一気に高まり、体中に汗がじっとりと広がるのを感じた。

やっと取調室に通されると、そこには刑事ドラマでよく見る光景が広がっていた。四畳半ほどの長細い部屋の奥には、聴取する刑事と私が向かい合う机があり、入り口の横にも補佐役の警察官が座る椅子と机が置かれていた。

容疑者の逃亡を防ぐためなのか、窓には頑丈そうな鉄格子が取りつけられていた。ただ一つ救われたのは、その窓が壁半分ほどもある大きさで、鉄格子の間から外の街並みが望めたことだ。ドラマのなかの容疑者は、小さな窓しかない薄暗い部屋で刑事から突き上げられるが、どうやら私にはそこまで厳しくないのかもしれないと、わずかながらに安心した。

警察官2人のうち、私の取り調べを担当するのは、30代半ばの刑事だった。中肉中背のがっしりとした体格で、間近で向かい合うと、小柄な私には大きな威圧感があった。でも、私を見下ろす瞳は丸く穏やかな感じで、ドラマでよく登場するような目つきが鋭く、にらみつけるような印象の刑事とは全く違った。

部屋の最奥に置かれた椅子に腰かけると、対面して座った刑事はノートを広げて、事情聴取の準備を始めた。そして自己紹介の際に、鹿児島県警察本部の捜査一課から来たと言った。捜査一課といえば、殺人や強盗、放火などの凶悪犯罪を扱う部署だ。初めは「なんで、そんな物騒な事件を追いかける刑事が、この私を?」と驚いたが、私がかけられた容疑は強要で、これも捜査一課の担当なのである。

過去数年間に鹿児島県内であった大きな犯罪といえば、2018年に日置市で起きた殺人事件が記憶に新しかった。容疑者の男は自分の父親や祖母ら計5人を殺害し、遺体を山林に埋めるなどしたとして、マスコミ各社が大きく報道していた。

そこで、もしやこの事件も捜査したのかと尋ねてみたら、刑事は「はい。あれは稀にみる凶悪な事件でした」という。あまりにあっさりと答えるので、すっかり縮み上がってしまったが、かくして、私にとっては人生初となる刑事事件の事情聴取が始まった。

3章 容疑者②につづく)

本文に登場する人物の肩書と年齢は当時のものです。

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