3章 容疑者⑧『離島記者』

これで、告発状に盛り込まれた共同正犯の論拠をかなり崩せたような気がした。あとは取材中の具体的なやり取りに対して、私が丁寧に説明を重ねれば、責任者に「証言を強要した」とする、言いがかりの主張を論破できると思った。
ただし問題の取材は、約2時間にもなってしまった。領収書の水増しを認めて謝罪したはずの責任者が、「なぜ、領収書の金額を水増ししたのか?」と問われると、一転して説明を拒み続けたからだ。一連のやり取りは、責任者が隠し録音で記録し、証拠として提出された音声ファイルの反訳書はA4判の紙で54ページもあった。

ここからは、約2時間におよぶ録音記録に沿って説明することになる。きょうや明日では、この事情聴取は終わらない。そう覚悟を決めて、私は話を続けた。
2020年4月10日の取材は、町内にある親会社の事務所で行われた。約束した午前10時の少し前に着いた私は、事務所の奥にある会議室に通され、先に待っていた幹部2人と名刺を交換した。続いて、旅行会社の責任者が現れたのちに、やや遅れて南日本新聞の記者が到着。細長い会議用のテーブルを間に挟んで、私たち記者2人は責任者と向かい合って着席した。その一方で、幹部2人はテーブルの短辺側に座った。
ところが、そのあとに続く具体的なやり取りについて説明しようとしたところで、刑事が話の流れを止めた。「出席した5人がどのようなかたちで座ったのか、部屋の形状も含めて、詳しく描いてください」と言って、紙と鉛筆を差し出してきたのだ。
私は「絵が苦手なので、うまく描けませんけど」と前置きして、初めに広さ20畳ほどの部屋を描いた。そして、細長いテーブルのどこに誰が座ったのかを明確に描き示して、刑事に紙を手渡した。
刑事の質問は、ここから極めて細かくなった。まず「あなたと責任者との距離はどのくらいでしたか?」と聴かれ、私は「テーブルを挟んで、2メートルぐらいでした」と答えた。さらに、「会議室のドアにはカギをかけましたか?」「出席した5人以外の人が部屋に出入りすることはできましたか?」などと続いた。
責任者が監禁されていた可能性を想定して、質問されていると感じた。言うまでもなく、私たちが相手の自由を奪った事実はないので、そんな疑いは払拭しなければならなかった。
会議室のドアについて、私は「カギなんてかけていませんし、常に自由に出入りできる状態でした」と答えた。すると刑事が「取材中に誰か部屋に入ってきましたか?」と確認するので、私は「事務の女性社員がお茶を入れて、それぞれに運んでくれました」と説明。だが、それだけでは終わらず、さらに刑事が「女性社員の出入りはそれだけ?」と問うので、私は「事務連絡も含めて、何度か出入りをして、幹部2人にお弁当を届けることもしていました」と答えた。
やれやれ、これでは監禁の容疑をかけられたようなものである。弁護士が巧みに仕立てた告発状からは、そんな疑いが読み取れたのかもしれないが、そもそも虚偽の領収書を発行していたのは、旅行会社の責任者だ。刑事の質問に答えながら、不正を追及する側に対し、報復の告発で反撃する告発人たちの非道さを感じた。私はあらためて強い憤りを覚えたが、気を取り直して、その先を続けた。
取材の約束をした段階では、まずは親会社の幹部が聴き取り調査をするはずだったが、いざ始まってみると、私が主体的に質問することになった。それまでの取材で、私が虚偽の領収書について多くの情報を得ていたからだ。
その時点で、虚偽の疑いがある領収書は少なくとも7枚あり、私はそれぞれのコピーを責任者の前に並べた。続いて、副町長や議長らの事例を順番に説明して、「会社に残されている実際の販売記録を確認させてほしい」と頼んだ。
しかし、責任者は「個人情報の守秘義務」を理由に、領収書と販売記録の照合を拒んだ。それに対し私たち記者2人は、副町長らによる公務出張に関する記録は「個人情報ではない」と反論したが、それでも責任者は応じなかった。

そのやり取りは延々と続き、膠着状態のまま30分以上が過ぎてしまった。何の進展もない状況にしびれを切らしたのか、幹部の一人である会長が割って入り、「疑いを晴らすためには、すべて公開するべきだ」と言った。すると責任者の態度が軟化し、領収書を水増しすることで「私に何のメリットがあるのか」などと言うようになり、虚偽領収書の存在を否定することはなくなった。
だが、会長に促されても、責任者は質問をはぐらかす説明をした。虚偽の領収書による不正精算については、「町役場の精算について知る由もない」。岩川副町長が釈明した「見積もりの領収書」に対しては、「メモ書きみたいなもの」などと言うばかりで、自分が虚偽領収書の発行に関わったのかどうかを明確にすることはなかった。
そんな押し問答が続き、聴き取り開始から約1時間が経ったところで、ようやく責任者が領収書の水増しを認め始めた。業を煮やした幹部たちが「会長が(不正の)責任を取るから」と語りかけると、責任者は「売上を上げるためにしました」と告白して、頭を下げて謝罪した。だが一方で、自分が発行した虚偽の領収書が、町役場の旅費精算で「使われるとは思っていなかった」と釈明して、不正精算との関わりを否定しようとした。
私の説明に沿って、刑事は反訳書の文字を目で追いながら、「この辺りから、みなさんのやり取りが激しくなってきますが、一番の理由はなんですか?」と尋ねてきた。
私はしばし沈黙して、そのときに自分がどのような心境だったのか、約4カ月前の記憶を辿ってみた。だが、すぐには思い浮かばず、うまく説明できない。これはまずいと焦りながら、広い海にじっと釣り糸を垂らすような思いで、次に発するべき言葉を探し求めた。
そして行き着いたのは、記者としての言葉ではなく、屋久島の大自然に魅せられ、家族とともに移住した一住民としての思いだった。
(3章 容疑者⑨につづく)
※本文に登場する人物の肩書と年齢は当時のものです。
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