3章 容疑者④『離島記者』

例年、一般会計予算が100億円ほどの屋久島町にとって、総事業費24億円の新庁舎建設は一大事業である。それほど大規模な事業になると、多くの市町村では詳細な計画書をウェブサイトや広報誌などに掲載して、全住民の理解を得ながら事業を進めている。
だが、屋久島町は全く違った。予算を町議会で通すまでは、総事業費や建物の規模も広報せず、「何か不都合なことを隠しているのではないか」と疑わざるを得ない状況だった。
その後も、私が粘り強く説得を続けたところ、さすがに根負けしたのか、最終的に職員は計画書に沿って事業の概略を説明した。
それによると、行政事務棟に加え、イベントやコンサートができる施設も含めて、合計で4棟の施設を建てるというので、かなり豪華な町役場だと感じた。取材には2時間もかかったが、私は〈屋久島町が新庁舎着工へ〉〈住民・観光客の交流施設も〉の見出しで記事を書き、なんとか新庁舎計画についての初報を出すことができた。

ところが、その新聞記事が出ると、やがて町がざわつくようになった。高額な総事業費に驚いた住民たちが署名活動を始め、計画の見直しを求める住民投票の実施を要求したのだ。町長派が多数を占める町議会は住民の求めを退けたが、それに反発した住民団体が荒木町長のリコール運動を開始。全有権者の4割に当たる約3900人の署名を集めて、町長解職の賛否を問う住民投票の実施まで、あと一歩のところまで漕ぎつけた。

だがそのあとに、まさかの展開が待っていた。署名が有効か否かを確認する町の選挙管理委員会が「厳正な審査」との建前で、署名をした住民を戸別訪問して、「誰が署名を集めにきたのか」と尋ねてまわったのだ。
実際に自宅を訪問された高齢女性からは、「突然、男が4人も来て怖かった」といった声が上がったほか、町長派の住民から圧力を受けたケースもあり、多くの住民が署名を取り消した。その結果、署名者数がリコール成立の要件となる有権者数の3分の1(3598人)を68人下まわり、荒木町長のリコールは不成立に終わった。
荒木町長にしてみれば、間一髪のところで救われ、首の皮一枚で町長の座に留まれたようなものだった。しかし、私が全国の地方自治体を取材したところ、首長に対するリコールの署名審査で、市町村の選挙管理委員会が戸別訪問をした例は過去になく、屋久島町の対応が中立性を欠いていることは明らかだった。

そこで、地方自治の問題に詳しい新藤宗幸・千葉大名誉教授(2022年没)に意見を求めると、「中立な立場の選挙管理委員会が戸別訪問をして、『誰に署名を頼まれたのか』と尋ねるのは、反町長派のリストを作っているのと同じで、絶対に許されない」と強く批判した。だが、その指摘に選挙管理委員会の浜崎勝秀委員長は「出頭要請より住民に不安を与えない」と反論して、取材する私に対し「法律違反ではない」と言って開き直った。
町を大きく揺るがすリコール運動が盛り上がるなかで、荒木町長は建設計画を見直す可能性を示唆して、町長不信の民意を鎮めようとしていた。だが、いざリコールが不成立に終わると、一転して当初の計画どおりに着工。2019年春には、コンサートホールやイベント会場も備えた4棟の新庁舎を完成させた。

町長に対するリコール運動の経緯にうなずきながら、刑事は私の供述をノートに書き続けた。だが、そのまま過去の取材話を続けると、本題の出張旅費不正精算事件に辿り着くまでには、さらに長い時間がかかり、とても1日や2日では終わりそうになかった。
余計なことだとは思ったが、私は「このまま、昔の話を続けても大丈夫ですか?」と尋ねてみた。すると刑事は、「何が問題なのか」と言いたげに、じっと私の目を見ながら「どうぞ」と言った。ということは、私の取り調べは、これから何日も続くということだ。
この先、かなりの長丁場になると覚悟して、私は話を続けた。
町長のリコール騒動が一段落すると、次に待っていたのは、島外の子どもたちを町立小学校で受け入れる「山海留学」で起きた体罰問題だった。親元を離れて留学する子どもたちは、町内の「里親」宅で暮らしながら学校に通うのだが、なんとその里親が男子児童を竹刀で叩くなどして、体罰を続けていたというのだ。
体罰が発覚した発端は2018年3月、屋久島で暮らす元弁護士で、町の法律顧問をする「法務事務専門員」の報酬を、年額120万円から144万円に引き上げる予算案が町議会に出されたことだった。町議から増額の理由を問われた総務課長は、「本町を相手取った訴訟が大阪地裁に提起されており、その指定代理人を務めてもらうためだ」という。だが、どのような訴訟なのかと問われても、課長は「今は説明を控えさせていただく」と答弁するだけだった。
そこで私は、新聞社時代の元同僚に連絡をして、大阪地裁で屋久島町長を被告にした裁判の期日が入ったら、すぐに情報をもらえるように頼んだ。連絡を待つこと約3カ月。大阪の司法記者クラブに所属する記者からの情報として、初回の口頭弁論が6月28日に決まったと連絡があった。だが、新たに判明したのは原告の氏名と事件番号だけで、賠償請求の原因などはわからないままだった。
訴訟の詳細を知るには、初回の口頭弁論が終わったのちに、裁判所で訴状を確認するしかなかった。幸いにも、屋久島から大阪にはプロペラ機の直行便があり、私は7月初めに大阪地裁を訪ねた。そして訴状を閲覧して、関西から留学していた児童が里親から体罰を受けていたことを初めて知った。

訴状によると、児童は2017年4月から屋久島町立の小学校に通い始めたが、やがて里親の男性から「生活態度が悪い」などと頭を殴られたり、竹刀で叩かれたりするようになった。さらに里親から「お前の苗字はぼけ、名前はなす」と言われ、自分の名前ではなく、「ぼけ・なす」と呼ばれるように。その後、体罰が原因のストレスで体調を崩し、専門医から心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断されたということだった。
取材ノートに訴状の概要を書き留めた私は、その足で原告代理人の弁護士を訪ね、訴状のコピーをもらえるように依頼した。また、児童の保護者を紹介してもらい、取材の約束を取りつけてもらった。
翌日、大阪の万博記念公園近くにあるホテルの喫茶店で面会した母親は、沈痛な面持ちで屋久島での辛い体験を語ってくれたが、そのなかで最も驚いたのは、町側の対応だった。体罰の報告をしようと教育委員会を訪ねたところ、教育総務課長は「学校にしっかり言ってください」と言うばかりで、里親との仲裁に入ろうともしなかったというのだ。また、再発防止策を講じるように求めようとしたが、「門前払い」のように何も対応してもらえず、「二度と同じ被害者を出さないために、やむなく提訴した」と打ち明けてくれた。
(3章 容疑者⑤につづく)
※本文に登場する人物の肩書と年齢は当時のものです。
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