3章 容疑者⑦『離島記者』

聴取2日目からは、いよいよ本題の出張旅費不正精算事件について話すことになった。告発状と証拠資料の束を手にした刑事は、「そもそも、何がきっかけで、この事件を取材するようになったのですか?」と尋ねてきた。
今回の告発容疑は、岩川副町長らに虚偽の領収書を発行した旅行会社の責任者に対する証言の強要だが、ただそれだけに絞って説明しても、取材の全体像はわかってはもらえない。直接的には関係ないが、荒木町長による航空運賃のシルバー割引を悪用した旅費着服問題から経緯を説明することにした。
2019年末、荒木町長の旅費着服が発覚したことを受けて、私は「もしかすると、その他の幹部にも不正があるのではないか」と疑い、情報公開請求で岩川浩一副町長や岩川俊広議長らの出張記録を手に入れた。そして、荒木町長に対する航空券の販売記録を調べる際に、取材協力者から入手した関係文書と照らし合わせたところ、怪しい点がいくつも見つかった。
岩川副町長については、名古屋出張で町に提出した航空券代の領収書に「¥72220」と記載されていたのだが、関係文書に残された販売記録は2万6110円で、4万6110円の差額があった。また、東京出張では「チケット代として」と但し書きされた「¥66000」の領収書を提出して、同額の航空券代を町から受領。だが、実際には領収書の金額に2泊分のホテル代も含まれており、岩川副町長はそれとは別に2泊分の宿泊費として2万1800円を受け取り、ホテル代を二重取りしていた。

岩川俊広議長についても、東京出張で町に提出した航空券代の領収書には「¥93980」と記載されていたが、領収書を発行した旅行会社には、航空券を販売した記録が残されていなかった。さらに岩川修司副議長にも、2回の東京出張で不正が見つかった。いずれの出張でも、航空券代として「¥93980」と記載された領収書を1枚ずつ提出していたが、私が入手した関係文書の販売記録には、両方とも半額ほどの航空券代が記録されていた。

不審な領収書は他にも見つかって、その合計は少なくとも7枚となり、すべて町内の同じ旅行会社から発行されていた。そうなると、私はその旅行会社の責任者に事情を聴く必要に迫られ、2020年3月から直接取材をすることになった。
そこまで話したところで、すかさず刑事が質問してきた。
「実際の販売額が記録された関係文書は、協力者から手に入れたということですが、どこの誰から提供してもらったのですか?」
刑事の問いかけに対し、私は一瞬だけ固まってしまった。私たち記者には取材源を守る責任があり、特定の関係者しか知り得ない情報を入手した場合は、その提供者が誰なのかを明かすことは絶対にしない。警察や検察、裁判所から聴かれても、それは全く同じだ。取材源を守ることによって、自分に不利な司法判断が下されるとしても、決して取材源を教えることはない。
当然のことだが、迷うことなく私は「取材源を守る必要があるので、それは答えられません」と言った。すると刑事は、やや納得がいかないと言いたげな面持ちで、こう返してきた。
「でも、すでに情報を提供した方には事情を聴いていますよ」
やはり、そうきたかと思った。容疑をかけられた私たちよりも前に、警察は複数の参考人から事情聴取を終えており、私が話したことは、すべてそれらの証言と照らし合わされるのだ。虚偽の供述をするつもりは微塵もなかったが、もし仮に事実とは違う作り話をしたとしても、すぐにバレてしまうということだ。誰が参考人かもわからないので、口裏を合わせることもできない。
刑事事件では絶対に嘘はつけないと痛感した。また、この質問に答えなければ、自分に不都合な展開になりはしないかと、少し不安にもなった。でも、何を言われようとも、絶対に取材源を明かすわけにはいかない。私は毅然として言った。
「どうしても取材源は言えません」
しかし、それでも刑事は「情報の提供者は、あなたに関係文書のコピーを渡したと言っていますよ」と言ってきた。そこまで迫られると、少しだけ心が揺れたが、でも絶対に言うわけにはいかない。最後は私から「すみませんが、ご理解ください」と頭を下げると、刑事は「わかりました」と言って、ニコッと笑ってくれた。
これでようやく、本題である虚偽領収書の取材まで行き着いた。その先は、告発人たちが「強要」だと主張する旅行会社への取材について説明することになり、刑事の聴取は事件の核心へと向かった。

その旅行会社が発行した領収書には、実際よりも高額な航空券代が書かれていた。また、航空券を販売した記録が残されていないのに、なぜか領収書だけが議会幹部の手に渡っていたケースもあった。だが、領収書を受け取った岩川副町長は「見積もり段階の領収書」「事務手続き上のミス」などと釈明し、詳しい経緯については「旅行会社に尋ねてほしい」と言った。岩川議長に至っては、町長と同じくシルバー割引の件で刑事告発されていたため、「すべては警察で話す」と言って、取りつく島がなかった。
そこで、私は2020年3月27日、旅行会社を訪ねて事情を聴こうとした。しかし、責任者の態度は頑なで、「個人情報の守秘義務がある」と言い張り、虚偽の領収書と実際の販売記録を照らし合わせることはできなかった。
その一方で責任者は、町の職員らに対して、見積書の代わりに領収書を発行していたことは認めた。理由を尋ねると、「忙しいときは、予約が入った段階で領収書を出すことがある」というが、見積もりをしただけで、領収書を発行することはあり得ない。だが、それでも責任者は、「町の職員は必ず支払いをしてくれるから」と説明した。
取材で決定的な情報は得られなかったが、私は責任者が何か重要なことを隠していると感じた。虚偽の領収書について、私が深掘りして聴こうとすると、責任者は「誘導尋問だ!」などと語気を強め、それ以上の取材には応じなかった。
この日の事情聴取はここで終わり、3日目からは、いよいよ直接的な告発理由となった旅行会社の責任者に対する取材について話すことになった。告発人の主張は、私と南日本新聞の記者、親会社の幹部2人が事前に計画したうえで、共謀して責任者から強引に証言を引き出したというものだ。それゆえ刑事の質問は、私たち4人の関係性や取材に至るまでの経緯から始まった。
まず、4月10日に設定された取材について、私は「取材協力者を通じて、事件に詳しい記者として、親会社の幹部から取材に同席してほしいと頼まれた」と説明した。すると刑事は、またしても「その協力者とは誰ですか?」と質問するので、私はすぐに「この人も取材源なので言えません」と答えた。だが、刑事は諦めずに「携帯電話を見せてもらえませんか?」とまで言ってきた。
告発人の主張は、4人が共謀したとする共同正犯なので、ここが核心部分なのはわかる。だが任意の事情聴取で、携帯電話まで見せるように求められるのは納得できなかった。もし一度でも見せたら、通話記録だけでなく、メールのやり取りもすべて見られてしまう。そうなると、大切な取材源どころか、私と関係がある人たちのプライバシーを捜査機関にさらすことになる。
これが国家権力の警察だと思い知らされたが、私はきっぱりと「携帯電話は無理です」と断った。だが、さらに刑事は「ラインのメッセージだけでも見せてもらえませんか?」と迫ってきた。捜査令状があれば拒めないが、そもそも私はラインをやっていなかった。そこで、私から「古い人間なのでラインはやっていません」と伝えると、刑事の要求はうまく止まり、携帯電話の話は終息した。
続いて、4人の関係性を詳しく聴かれたが、親会社の幹部2人とは、取材の当日まで面識はなかった。また、南日本新聞の記者とは、取材現場で顔を合わす程度の仲で、特に親しくはない。それゆえ、事前に詳細な打ち合わせをすることはあり得ないと伝えると、刑事にはあっさりと納得してもらえた。
(3章 容疑者⑧につづく)
※本文に登場する人物の肩書と年齢は当時のものです。
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