2章 失敗②『離島記者』

社内調査に同席すべきか。それとも、調査の結果を待ってから会社幹部に取材すべきか。
正しい判断は後者であると思った。だが、私が協力することで、見積もりや予約の段階で領収書が発行された経緯が判明する可能性もある。町役場と町議会に調査する気は一切なく、この社内調査がうまくいかなければ、公費の不正な支出を招いた虚偽領収書の問題は、このままずっと闇に葬り去られることになるかもしれない。
そう考えると、社内調査への同席を断るわけにはいかなかった。少しためらいながらも私は、「南日本新聞の了承が得られるのであれば、私も取材させてもらいます」と返した。すると、ほどなく折り返しの連絡があり、南日本新聞の同意が得られたと伝えられた。
その電話で覚悟は決まった。私は虚偽の疑いがある7枚の領収書と旅費精算書のコピーを揃えて、すぐに取材の準備を始めた。

そして迎えた2020年4月10日。2週間前の取材で取りつく島がなかった旅行会社の責任者と、私は再び向かい合うことになった。
鹿児島市内とは別に、屋久島町内にもある親会社の事務所を訪ねると、会長と専務が会議室で待っていて、まずは名刺交換をしてあいさつをした。やがて旅行会社の責任者が現れたが、軽く会釈をしただけで、この日も名刺はもらえなかった。最後にやや遅れたが、南日本新聞の記者も入って全員が揃った。
事務所の奥にある会議室には、2本の長いテーブルが向かい合って並べられ、その両端に短いテーブルがあった。私たち記者2人と責任者は、対面するかたちで長いテーブルの前に置かれた椅子に座り、それを見守るように会長と専務が短いテーブルで並んだ。
この日は親会社の幹部がいるせいか、責任者は神妙な表情を浮かべていた。前回の取材で、私はぞんざいにあしらわれ、個人情報を盾にされて、うまく話が聴けなかった。だが、今回は事実を引き出せるかもしれない。そう思うと、私は期待よりも責任を強く感じた。ここでしっかり取材できなければ、虚偽領収書の問題がうやむやのまま終わってしまうからだ。
私は気持ちがはやり、取材に前のめりになりそうだったが、会長がこう切り出すと、少し心が落ち着いた。
「何年も旅行会社として、きょうまで歩んできたけれど、役場の領収書の問題で、我が社の名前が出ているわな。もし、うちの会社がそういう不正をしているとなったら、会社のガバナンスの問題も出てくる。だから、きょうは本当のことを話して、聴くことを聴いて、話を進めていきたいと思ってるのよ」
実に心強い言葉だったが、この虚偽領収書の問題について、会長を含めた幹部2人が知っているのは、それまでに報道された新聞記事の情報だけだった。それ以上、詳細な経緯を聴きたくても、不正精算の根拠となる旅費精算書や領収書などのコピーも手元になく、具体的な質問は何もできなかった。
そこで、記者の出番となった。私は虚偽の疑いがある7枚の領収書のコピーを示し、この聴き取り調査の重要性を責任者に伝えた。
「この7枚の領収書は町役場が(情報公開請求で)開示したもので、個人情報ではありません。一般の町民は誰でも見ることができるものなので、不正の疑いがある以上は、何が本当なのか、説明していただく必要があるということをご理解ください」
続いて、見積もりや予約の段階で発行されたとされる領収書について、旅行会社に残された実際の販売記録と照会したいと伝えた。

だが、前回と同様に、責任者の態度は頑なだった。「個人情報だから」「守秘義務がある」「警察でなら話す」などと言うばかりで、またしても取りつく島がない。さらには、私たちが独自に入手した関係文書について、「どこからもらったのか?」と逆に質問をしてきた。
取材の大原則なので、私は「取材源の秘匿で言えません」と返した。それに対し、責任者は「うちの会社だけに資料を出せ、ということですか」と不満げな表情を浮かべ、ますます口が堅くなった。
そんな押し問答が30分ほど続いたところで、会長が責任者を諫めるように割って入ってきた。
「どうもこうもさ、その真相を究明したいわけでしょ。我が社が役場の職員と組んで、悪いことをしているみたいに思われているわけよ。その疑いを晴らしたいから、私は全部公開してもいいと思うよ」
その言葉を聞いて、自分だけでなく、会社まで不正が疑われている事態を悟ったのか、責任者は少しずつ説明をするようになった。
まず、実際の航空券代よりも高額な水増し領収書の発行について、「頼まれたことはありませんよ」と言って、ついに発行した事実を認めた。そこで、私は「自分から水増ししたんですか?」と切り返した。すると、責任者は「私に何のメリットがあるんですか」と反発したが、金額を水増しした事実を否定することはなかった。
だが、それでも責任者は曖昧な説明を続けた。
自分が発行した虚偽の領収書で、不正な旅費精算が続いていることについては、「役場が精算している内容を、私なんかが全然知る由もない」。見積もりで発行された領収書は「メモ書きみたいなかたちで渡しただけ」。そして、副町長や議長らが不正精算を認め、差額を町に返還したことを伝えた新聞記事については、「もう(新聞を)見るのをやめた」と言って、差額を返還した事実を知らないという。
そんな開き直りにも映る態度に業を煮やしたのか、親会社の幹部が積極的に話に入ってきた。会長が「法律のルールがあるわけ、何でも世の中には。こういう(不正は)許しちゃいかんのよ」と言うと、専務は「言わんか、会長が責任を取るわけやから」と諭すように語りかけ、真実を話すように求めた。
ここまで上司に言われると、さすがに抗し切れなくなったのだろう。責任者は慎重に言葉を選びながら、虚偽の領収書を発行した理由について、初めて語った。
(2章 失敗③につづく)
※本文に登場する人物の肩書と年齢は当時のものです。
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