2章 失敗③『離島記者』

「やるとすれば、もう、その、売上を上げるだけのことですから。売上を上げるためにしました」
しかし、この説明だけでは、領収書の金額を水増しすることで、なぜ売上が上がるのか、その理由がわからなかった。
そこで、私は「余分に(金額を)書くことで、お客さんに(たくさん)来てもらえるということですか?」と確認したが、責任者は「もう、そういう風にとってもらっていいです」と投げやりに返してきた。さらに、領収書には「(最も高額な)通常の往復料金を書いているだけのことなんで」と言い、虚偽の領収書については「そんなの(旅費精算に)使われると思ってもいなかった」と釈明した。

こんな投げやりで開き直った説明を根拠にして、記事を書くことはできなかった。私たち記者2人は、そのあとも粘り強く質問を続けたが、やり取りはどこまでも平行線だった。金額を水増しした領収書を発行することで、なぜ売上が上がるのか。その理由をいくら尋ねても、責任者はこう言って、質問をはぐらかした。
「何を言えばいいの?」「だから、何と書きたいんですか?」「いやー、どういう風に言えばいいんでしょうね」……。
自分で領収書の金額を水増ししておきながら、あまりにも身勝手な発言だった。
虚偽の領収書が原因で不正精算が続き、町の公費が無駄に失われたのに、その責任を全く感じていない。さらには、まるで人を小ばかにするような態度で、取材する私たちを挑発してくる。
私は記者という立場を超え、屋久島町で暮らす住民として、そんな責任者の言動が許せなかった。そして、なんとか改心してもらおうと、強い調子で責任者を説得しようとした。
「あなたしか知らないことを聴いているんです。それで不正精算が行われて、税金が無駄に使われたんです」
「今、本当のことを言えば、町民や社会に対して、まだやり直せる」
「金額を高く書いた理由、動機は何だったんですか?」
私に続いて、同席する南日本新聞の記者も質問を続けた。
「相手が精算するときに差額を得られるように、そのために高い金額を書いたということですか?」
「なぜ高い領収書を出すと、売上が上がるんですか?」
やがて「もう逃げられない」と悟ったのか、ついに責任者は理由を話し始めた。
「えー、役場職員の出張関係(の仕事)をもらい、会社の売上を上げるために高い金額の領収書を書きました。それによって、その職員が差額をもらえるというのもわかっていました」
しかし、最後に発したひと言が余計だった。
「そういうことで、いいんですか?」
刑事責任を問われたときに備えて、自分を守るための証拠を残したかったのか。それは、まるで私たち記者から「無理に言わされた」と言いたげな言葉だった。
だが、それでも質問と説得を続けるうちに、責任者は「高い金額を書くと、役場職員がうちを利用してくれて、それで、うちの売上も上がるので書きました」と証言し、町の職員に便宜を図ったことを認めた。その一方、領収書の水増しを依頼されたことや、差額を分け合ったことは、「一度もありません」と明確に否定した。
そのやり取りを見守っていた会長が、最後に責任者を諫めた。
「本当のことをしゃべるべきなんだよ。屋久島に生まれた男がよ」
それに対し、責任者は「わかりました。はい、すみません」と答えた。そして虚偽の疑いがある領収書と照合するため、実際の販売記録を提出すると約束をして、約2時間におよぶ社内調査と取材は終わった。
長い取材でかなり消耗したが、これで虚偽領収書の核心に迫れた。あとは、旅行会社から領収書を受け取っていた岩川副町長の言い分を聴けば、すぐにでも記事にできる。
無言で事務所を出た私と南日本新聞の記者は、「それでは行きますか」と互いに見合って、その足で町役場へ向かった。取材の約束はしていなかったが、役場2階の副町長室を訪ねると、うまいことに岩川副町長は在室中だった。

少し唐突かとは思ったが、直近の取材で得た情報について、私たちはストレートに話をぶつけた。
「旅行会社の責任者は取材に対し、『領収書に高い金額を書くと、役場職員がうちを利用してくれる』と言って、領収書の金額を水増ししていたことを認めました」
私たちの報告を聞き、岩川副町長は瞳を大きく見開いて言った。
「金額の水増しを頼んだことも、便宜を受けたつもりもない。受け取った領収書の金額を確認せずに精算したミスだ」
この問題が発覚した2月に取材したときと同じコメントで、責任者の証言を完全に否定する内容だった。ただ一つ取材の最後に、役場内で全体的な調査をする方針を示したのは一歩前進となった。
この日の取材を踏まえ、南日本新聞は翌4月11日の社会面で、<旅行業者「便宜図った」><領収書 実費より高い金額>との見出しで報じ、記事のなかでは岩川副町長の反論も伝えた。その3日後には朝日新聞鹿児島版で、私も同様の記事を掲載して続いた。

言論を封殺する刑事告発
4月末日をもって、岩川副町長は自身の任期を終える予定だった。
町の総務課長を花道に定年退職したのちに、荒木町長を支えて2期8年。自分の身に降りかかった虚偽領収書の問題も含め、一連の出張旅費不正精算事件がなければ、公務員として有終の美を飾るはずだったが、最後の最後になって、そうはいかなかった。
その意味では、任期ぎりぎりで私たちが報じた記事は、公人である岩川副町長の経歴に大きな傷をつけることになった。さらには、大学の先輩でもある荒木町長にとっては、自身の町政運営を手助けしてくれた後輩に対する「攻撃」と映ったかもしれなかった。
しかし、それは仕方がないことだった。町長に端を発した一連の旅費不正事件で、副町長までもが虚偽の領収書で不正精算をしていたとなれば、それを報道しないわけにはいかなかった。
ところが、旅行会社の責任者を取材してから10日後の4月20日、私は予想もしない事態に直面した。荒木町長の支持者とみられる住民ら6人が代理人の弁護士を伴い、私たちの取材について、緊急の記者会見を開いたのだ。

(2章 失敗④につづく)
※本文に登場する人物の肩書と年齢は当時のものです。
【ご感想・メッセージ】
連載「離島記者」に関するご感想やメッセージなどは、屋久島ポストにメールでお寄せください。→ [email protected]
