取材記『離島記者』

1章 町長の嘘①『離島記者』

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『離島記者 報道砂漠で闘う市民メディアの挑戦』カバー写真

雄大な山々と深い森、そして豊かな水で満たされた屋久島は、その懐に自然と生きる島民を包み込み、悠久の時を刻んできた。樹齢数千年の巨大杉などが広がる森は世界自然遺産の冠を誇り、今では国内外から多くの人々が訪れる「自然の聖地」となっている。

上空から望む屋久島

1970年代、島の大半を占める国有林は大伐採の波にあらわれ、その豊かな原生林は姿を消す寸前まで追い詰められていた。

「日本の宝を守りたい」
そう訴えた島の青年たちは国を相手に原生林伐採の反対運動を続け、島が育んできた太古の森を守り切った。やがてその森は、世界に誇るべき自然美だとユネスコから高く評価され、1993年、ブナの原生林が広がる白神山地(青森県、秋田県)とともに、日本初の世界自然遺産に登録された。


林業から観光業へ。島民が国家に物申して守った大自然は、島で暮らす1万数千人の生業を大きく変え、屋久島は「観光立島」を自負するまでになった。2007年には旧上屋久町と旧屋久町が合併し、屋久島町が誕生。世界自然遺産の島にもたらされる多くの富は、観光を大きな柱に町政を運営する地元自治体を潤している。

 
九州本土の最南端にある佐多岬から南へ60キロ。鹿児島市とほぼ同じ広さを誇る屋久島町は、大海原に浮かぶ丸い島影の東部地域に町役場を構えている。屋久島産の「地杉」でつくられた4棟の庁舎が横たわる背後には、名峰・愛子岳(標高1235メートル)が大きな緑のつばさを広げ、天を突くかのようにそびえ立っている。

屋久島町役場

その美しい三角の山容を望む町役場は2019年末、重苦しい年の瀬を迎えていた。3期目を迎えたばかりの荒木耕治町長が政治と金の問題をめぐり、12月10日に開かれる町議会定例会の一般質問で、町議から厳しい追及を受けることになっていたのだ。

一般質問とは、町政に関する諸問題について、町議が町の幹部らに説明を求める場だ。質問に立った町議には1時間の持ち時間が与えられ、町長や各課の課長らを相手に問いただし、その場で答えを引き出すことができる。

この一般質問を前に荒木町長は、町のごみ処理事業への参入をめざす民間業者から現金200万円を受け取ったとされる疑惑に悩まされていた。その業者は当選祝いなどの名目で、100万円を2回にわたって手渡したと主張。だが、町の事業を請け負うことができなかったため、記者会見や個別取材で「約束が違う」などと訴え、荒木町長に現金の返還を求めていたのだ。

フリーの記者として取材を続けていた私は、この業者に鹿児島市内で会って事情を聴いていた。写真や録音などの証拠はなかったが、町長室や鹿児島市内の割烹料理屋で札束を渡したとする際の説明はあまりに克明で、その場の様子が目に浮かんでくるかのようだった。だが業者を取材したのちに、私が荒木町長に直当たりして疑惑を問いただすと、町長からは「そんな事実はない」と否定されていた。

現金200万円の受け取りについて、取材で否定する屋久島町の荒木耕治町長=2019年11月12日、屋久島町役場

さらに、その疑惑とは別に、私にはもう一つ狙いがあった。荒木町長が公務で東京や大阪などへ出張する際に、空港で普通運賃の航空券を払い戻し、格安の高齢者割引(シルバー割引)で買い直して、その差額を着服しているという情報を住民から得ていたのだ。

シルバー割引(現在はシニア割引)は日本航空(JAL)が65歳以上の乗客に提供しているサービスだ。乗りたい便に空席がある場合は、出発の当日に限って半額以下の運賃で搭乗できる。また、事前に予約した便に空席があれば、搭乗直前に手持ちの航空券を払い戻し、シルバー割引に切り替えることも可能だ。鹿児島と東京を往復すると、普通運賃との差額は6万円ほどになるので、着服を繰り返していたとなると、かなりの金額が手元に残ることになる。

この日、一般質問をする小脇清保町議からは、現金授受と旅費着服の二つの疑惑について、町長を問いただす予定だと聞いていた。定数16人の町議会で、小脇町議は数少ない「野党議員」であり、日ごろから町政に厳しい注文をつけていた。私は傍聴席の最前列に陣取り、どのような答弁で荒木町長が追及をかわすのかと期待しながら、自席に座った町長の表情や一挙一動をじっと見守った。

一般質問が始まると、まず現金の授受について荒木町長は、きっぱり「事実無根であります」と否定した。私も直に町長を取材して、同じ答えを聞いていたので、ここまでは予想どおりだった。

だが、そのあとに想定外の展開が待っていた。

質問を変えた小脇町議は、町長の東京出張の回数が多過ぎるのではないかと苦言を呈して、唐突に切り出した。

「町長、2期目は65歳になっていますね。航空運賃のシルバー割引を使っていませんか?」

すると、荒木町長はすっと静かに立ち上がり、いつもの答弁よりは、やや小さな声で短く言った。

「使っていません」


てっきり「記憶にございません」と、不正を追及された政治家の常套句を予想していた私は、この完全否定に驚いた。

屋久島町議会の一般質問で航空運賃の高齢者割引の利用を否定する荒木耕治町長(中央)=2019年12月10日、議会中継モニター画面より

荒木町長がシルバー割引を繰り返し利用しているとの目撃情報は、すでに一部の住民には広まっていた。その情報を受けて、私は内々に関係者から記録文書を手に入れ、町長が少なくとも数十回は普通運賃の航空券を払い戻していたことを把握していた。さらに、事前に町から得ていた出張記録と照らし合わせ、町長が普通運賃をシルバー割引に切り替えていたと、ほぼ確信していたのだ。

あっさり否定されたが、それでも小脇町議は質問を続けた。次は攻め口を変え、荒木町長が屋久島空港で普通運賃の航空券を払い戻し、シルバー割引に切り替えている様子を、複数の住民が目撃していると指摘した。町長が空港の職員に「領収書はいらんよ」と言っているという住民の証言も紹介したうえで、念を押すように尋ねた。

「町長、本当にありませんか?」

同じ質問に気分を害したのか、再び静かに立ち上がった荒木町長は、最初の答弁とは打って変わり、力を込めた声で言った。


「ありません!」

2度も否定された小脇町議だが、それにめげることなく食い下がり、さらに角度を変えて質問を続けた。

出張旅費の着服疑惑について、荒木耕治町長に質問する小脇清保町議=2019年12月10日、屋久島町議会、議会中継モニター画面より

「JALに聴いたところでは、本人だったら、搭乗記録を提出するという回答をもらっています。この会期中に、搭乗記録を町長自身が請求すればJALは提出します。出していただけますか?」

すると荒木町長は、少しだけ言い淀みながらも、きっぱりと突っぱねた。

「それは個人情報なのでお断りします」

その答弁に対し、傍聴席から「なんでよ」「フフフ」と苦笑の声が上がったのを聞いた小脇町議は、諭すように「町長の出張記録は個人情報じゃないですよ」と主張。続けて、JALの搭乗記録は「当然、開示すべきものだと思いますが、違いますか?」と問いただした。

だが、荒木町長は「そうは思いません」と譲らなかった。そこで、小脇町議は「ということは、やっていますね、町長!」と声を張り上げ、「出してくださいよ!」と強く求めた。

あまりの勢いに押されたのか、やや慌てた表情を浮かべた荒木町長は、一歩だけ譲歩した。

「会社と協議したいと思います。JALの会社です」


その答弁に小脇町議は納得せず、さらに質問の最後に「本当にありませんか?」と迫った。しかし荒木町長は、それでも3度目の否定をした。

「ありません」

そう言い終えて、荒木町長が着席する寸前に浮かべた薄ら笑いを見ながら、私は確信した。

荒木町長は議会で虚偽答弁をしてしまった、と。

1章 町長の嘘②につづく)

【動画】出張旅費の着服疑惑を否定する屋久島町の荒木耕治町長=2019年12月10日、屋久島町議会の中継モニター画面より

本文に登場する人物の肩書と年齢は当時のものです。

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