1章 町長の嘘⑥『離島記者』

真辺町議は、荒木町長の辞職に賛同する1436人の署名簿をしっかりと抱え、提案理由の説明を始めた。
「約4年にわたる出張旅費の着服に、それを完全否定する虚偽の議会答弁。そして、追及された果ての記者会見で、すべてを一転して認めて、深々と頭を下げての謝罪。その荒木耕治町長の姿は、入山協力金3000万円の横領事件に続く全国ニュースとして広く流れ、今や世界自然遺産・屋久島への信頼は完全に失われています」
いきなり厳しい言葉で始まった演説に、町幹部や町議、そして傍聴席の住民たちはじっと耳を傾けた。真辺町議の横では、荒木町長が目をつぶったまま、小刻みに頭と体を揺らしている。

辞職を求める理由として、真辺町議は次のような主張を続けた。
「着服額は数百万円になる見込みで、それは町民の血税である」
「荒木町長は嘘の発言を重ね、旅費を着服した事実を隠蔽した」
「不正に着服したお金でも、返せば済むと子どもたちに教えられない」
そして、不信任決議案への賛成を同僚議員たちに求め、こう呼びかけて演説を結んだ。
「議員は町長を擁護するために存在するのか。町民のために存在するのか。当たり前の常識が問われています。このままでは、屋久島町は泥棒しても許される町として知られることになってしまいます」

真辺町議は2017年に初当選し、島外からの移住者および女性として、初めて屋久島町議会の議員になった。前年にあった新庁舎建設をめぐる町長リコールで住民団体の一員として活動し、町の公費の使い方に疑問を抱いたことで出馬を決意した。当選後は数少ない「野党議員」として、荒木町長ら町幹部と対峙する議員活動を続けており、私たち報道する側が注目する町議の一人だ。
この真辺町議の提案理由に対して、果たして何人の町議が賛成するのか。今回ばかりは、少しだけ期待しながら見守ったが、不信任決議案に対する討論が始まると、町長派の町議からは荒木町長を擁護する発言が次々と飛び出した。
そのなかでも、特に際立っていたのは、前年12月の百条委設置案に猛反対した岩山鶴美町議だった。発言の挙手をして自席を立った岩山町議は、討論の冒頭でこう言い放った。
「荒木町長は12月議会において旅費の件で完全否定をしたあとに、間違いであったと訂正し謝罪をされています」
この発言で、にわかに傍聴席の住民たちがざわめき始めた。荒木町長ですら「虚偽答弁」と認めた完全否定であるにもかかわらず、それを都合よく「間違いであった」と言い換えたのだ。

続いて岩山町議は、今の出張旅費に関する条例では、搭乗証明書などの提出が義務づけられていないとしたうえで、「今後しっかりと(条例を)見直し、改正していく必要がある」と主張した。あたかも「条例が悪いから、町長が旅費を着服してしまった」と言わんばかりだが、さらに岩山町議は語気を強めて言った。
「今回の件は、(町長が)辞めれば済むという問題ではありません。そんな短絡的な選択をしていいはずがありません! むしろ、それこそが無責任であります!!」
すると、すかさず傍聴席の住民から「ふざけんなよ」という怒りの声が飛んだ。議場が不穏な空気に包まれるなかで、私は住民たちが憤るのは当然だと思った。
前年12月、旅費着服疑惑を調査する百条委員会の設置案が提案された際に、町長の不正を証言した住民に対して、岩山町議は「名乗り出られるのか」「議会に連れてこられるのか」と迫り、住民の証言には「信憑性がない」と一蹴していたのだ。それにもかかわらず、今回も事実を証言した住民ではなく、嘘をついた荒木町長に寄り添ったとなれば、それを聞いた住民は怒らずにはいられないだろう。
かくして、町長を支持する多数派の町議たちは荒木町長を擁護する討論を続けたが、さすがに「虚偽答弁」を「間違い」だったと言い換えたのは、岩山町議だけだった。
最後には採決があり、反対10人、賛成3人で不信任決議案は否決された。前回に続いて、またしても荒木町長が「子分」の町議たちに守られる結果となった。

町議会で嘘をついたにもかかわらず、その責任を問われない荒木町長に対し、傍聴席にいた住民たちは黙っていなかった。閉会後、荒木町長が議場から足早に立ち去ろうとすると、待ち構えていた住民の一人が町長の前に立ちふさがり、直談判で辞職を迫った。やがて、町長を取り囲む住民の輪は大きくなり、町長を守ろうとする職員と住民が押し合いへし合いの混乱状態になった。

私も報道陣と一緒になり、ビデオカメラを手にその渦中に入ったが、住民から辞職勧告書を突きつけられた荒木町長は息を切らし、ややうろたえた表情を浮かべていた。しばらくして、町長が人混みから抜け出したのと同時に、私たち記者はそのあとを追い、不信任決議案についてコメントを求めた。
だが、荒木町長は「真摯に受け止める」などと言うだけで、旅費着服や虚偽答弁について反省の言葉を述べることはなく、この日も最後は無言で町長室に消えていった。
(1章 町長の嘘⑦につづく)
※本文に登場する人物の肩書と年齢は当時のものです。
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