【視点】屋久島観光、町長が自負する「一流」への遠い道のり
合併から約20年、観光案内板に「屋久島町」の表示なし
屋久島空港の観光案内所はターミナル外のプレハブ小屋
荒木町長は「一流がいっぱいある」島と言うけれど……

屋久島観光の将来的なビジョンを問われ、屋久島町の荒木耕治町長は3月10日の記者会見でこう語った。
「屋久島は一流がいっぱいある島だと思っている。山も森も川も海も。そこをどうやっていくか、これから知恵を出してやっていかなければいけない」
我が島には「一流がいっぱいある」と誇り、町政の柱に「観光立島」を掲げて、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の世界自然遺産にふさわしい観光地にしたいという。
だが、荒木町長はその努力をしているだろか?

観光案内板に「上屋久町」「屋久町」の表示を放置
4月16日に配信した記事「来年で合併20年、屋久島の観光案内地図には『上屋久町』と『屋久町』の名称が残されたまま」で紹介した問題をみると、とてもそうは思えない。旧2町の合併から20年近くも経つのに、島東部の休憩施設にある「屋久島総合案内板」で探しても、「屋久島町」の名称がどこにも見当たらないのだ。
30年ほど前にできた案内板なので、情報が古くなるのは仕方がない。でも、屋久島町ができてから約20年もの間、なぜ新たな町の名称を観光客に伝えようと思わなかったのか。

顧客の信用を得るには?
案内板ができた30年前は、バブル経済崩壊の影響で金融再編が起こり、数多くあった銀行は、次々と巨大グループの「メガバンク」に吸収合併されていった時期だ。例えば業界トップの三菱UFJをみると、元々は「三菱」「東京」「三和」「東海」の各銀行があり、それが合併を繰り返すなかで、「東京三菱」「UFJ」から「三菱東京UFJ」、そして現在の「三菱UFJ」と変遷を重ねていった。
それにもかかわらず、いまでも「三菱」や「東京」、「三和」などの名称が各種案内に残っていたら、三菱UFJ銀行は顧客から信用されないだろう。
「一流」どころから「みっともない」
荒木町長にとっては「些細なこと」なのかもしれない。
だが、合併から約20年が経っても、いまだに旧2町の名称が観光案内板で放置されているのは、とても「みっともない」ことだ。世界自然遺産の山や森は素晴らしいけれど、その大自然を預かる町役場を「一流」だと思う観光客はいないであろう。

交際費で焼酎930本を贈答する余裕があったのに……
町の財政が苦しくて、「そこまで手が回らなかった」という言い訳もあるかもしれない。
だが、荒木町長は2017~2021年の5年間に、焼酎930本や魚介類などを国会議員らに贈り、計370万円もの町長交際費を支出している。そして、町民から「無駄な支出」だとして住民訴訟を提訴された末に、焼酎と魚介類の贈答はすべて中止された。
つまり、毎年恒例だった国会議員らへの贈答は、すべて必要がなかったということだ。さらには、それらの贈答に使った交際費を有効に活用していれば、「屋久島町」と書かれた立派な案内板がいくつも用意できたはずである。

空港案内所、大雨の日はずぶ濡れで旅の相談
みっともないのは、観光案内板だけではない。
例えばだが、屋久島空港にある屋久島観光協会の案内所は、小さな掘っ建て小屋のようなプレハブ造りだ。それも、空港ターミナルから離れた場所にあり、観光客は大雨の日でも重たい荷物を引きずりながら訪ね、ずぶ濡れになって旅の相談をしなくてはならない。また、高速船のターミナルにも観光案内所はなく、これも遠く離れた公共施設まで行くことを強いられている。

合併20年の節目、言い訳せずに基本から見直しを
もし、荒木町長が屋久島観光を「一流」だと自負したいのであれば、まずは案内板や案内所といった基本から見直し、心から観光客をもてなす姿勢を示さなくてはならない。毎年、出張で数多くの離島を訪ねているのであれば、他の自治体がどうやって観光客を出迎えているのか、荒木町長が最も知っているはずである。

来年は2007年の合併から20年の節目になる。まずは、とりあえず全町の観光案内から「上屋久町」「屋久町」の表記を一掃し、町の予算で空港ターミナル内に観光案内所を整備してはどうだろうか。
「予算がない」「スペースがない」「空港管理会社の協力が得られない」……。
いろいろな言い訳が聞こえてきそうだが、できない理由を並べているようでは、観光地として「一流」の評価は遠のくばかりである。
■屋久島観光への提言や意見
屋久島観光の将来的なビジョンについて、読者からのご提言やご意見をお待ちしています。記事としてご紹介するともに、荒木耕治町長ら町幹部に伝えさせていただきます。以下URLのフォームから投稿をお願いいたします。
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