来年で合併20年、屋久島の観光案内地図には「上屋久町」と「屋久町」の名称が残されたまま
「ふれあいパーク屋久島」案内板には完成した30年前の情報
屋久島町、施設を設置した鹿児島県と早急に整備方針を検討へ

旧上屋久町と旧屋久町が合併し、屋久島町が2007年に誕生してから来年で20年。観光を町政の大きな柱に位置づけ、「観光立島」を掲げる町は、いつまでこんな古い観光案内板を放置し続けるのか?
島北東部の小瀬田地区にある休憩施設「ふれあいパーク屋久島」に設置された観光地図の案内板で、合併から20年近くが経った今現在も、旧2町の表示が残されていることがわかった。広場内のトイレと水飲み場を管理する町は、施設を設置した鹿児島県と協議をして、早急に整備の方針と決めたいとしている。
ふれあいパーク屋久島、1997年に鹿児島県が整備
県屋久島事務所によると、「ふれあいパーク屋久島」は1997年に県が設置し、県道脇に駐車場やトイレ、休憩施設などが整備されている。海を見わたす広場には、2メートル四方ほどの「屋久島総合案内板」があり、縄文杉や大川の滝、ウミガメの産卵地として知られる永田浜などがイラストつきで紹介されている。

人口は屋久島「1万3600人」、口永良部島「160人」
ところが、広場の駐車場に車を停めて案内板をじっくり見ると、縄文杉やウイルソン株のイラストの上には「上屋久町」とある。さらに下に目をやると、紀元杉やヤクスギランドの左下には「屋久町」と表示され、屋久島町の名称はどこにも見当たらない。

続いて、駐車場から階段を下りて海岸に近づくと、「ふれあいパーク屋久島」と表示された地図板があり、屋久島と口永良部島の情報が紹介されている。やはり、ここでも地図北部には「上屋久町」、南部には「屋久町」とある。また人口については、屋久島が「約1万3600人(1996年)」、口永良部島が「約160人(1996年)」とあり、30年前の情報が表示されている。

町、旧2町の表記は修正の必要があると認識
案内版に約30年前の情報が表示されていることについて町観光まちづくり課は、「旧2町の表示は修正する必要があると認識している」と説明。ただし、施設を設置した県との協定で、トイレと水飲み場の管理は町がするが、それ以外の維持管理は県と協議することになっているため、早急に話し合って整備の方針を決めたいとしている。
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