4章 報道砂漠①『離島記者』

人生の折り返し点を過ぎた私にとって、刑事事件の事情聴取を受けた2020年8月は、最も忘れがたい夏となった。それまで事件の容疑者は取材する対象だったが、その夏は一転して、私が「容疑者」にされてしまったからだ。
事件取材では、必ず容疑者の供述を報じてきたが、その内容はすべて捜査関係者からの情報だった。それゆえ、容疑者がどのような状況下で刑事と向き合っているのかは、全く知る由もなかった。
ところが、今回は違った。黙秘権の説明から始まり、容疑に対する聴取、そして自分の生い立ちや預貯金に至るまで、容疑者が何をどう聴かれるのか、自分の身をもって知ることができた。その意味では、通常は取材できない密室における事情聴取の様子がわかり、記者人生の貴重な経験になった。
ただ、一部のマスコミ報道には閉口した。
不正精算に使われた虚偽の領収書について、一度たりとも取材してこなかった記者たちが、競合関係にある私たちが告発されるやいなや、「記者による証言強要事件」として積極的に報じたのだ。そして、告発人側の「記者に無理に言わされた」とする主張を伝える一方で、私たちについては「警察は捜査に支障があるとして、記者の認否を明らかにしていない」と、定番の事件記事を書いてきた。
こう書かれると、容疑を否認している私としては、極めて迷惑な話だ。直に取材されれば「私は容疑を否認しています」と答えるのだが、どこの記者も聴いてこない。これが警察情報に重きを置くマスコミ報道の現実だと感じたが、それと同時に、過去に私も同じような取材をしてきたのではないかと、自省することにもなった。
マスコミにどう報道されようと、私たちに対する強要容疑は事実無根だと確信していた。だが、そうは言っても、警察の次は鹿児島地方検察庁でも事情を聴かれる予定で、最終的な刑事処分が決まるまでは気が抜けなかった。
それは出張旅費の不正精算をめぐり、詐欺などの容疑で告発された町幹部らも同じだったに違いない。すでに告発されていた町長、元副町長、元議長に続き、8月には元副議長に対しても住民団体から告発状が出された。さらに、虚偽の領収書を発行した旅行会社の元責任者については、親会社が詐欺ほう助の容疑で告発して、一連の出張旅費不正精算事件で告発されたのは計5人となっていた。

そのなかで、最初に刑事処分が出たのは、航空運賃のシルバー割引を悪用して旅費を着服した荒木耕治町長だった。鹿児島地検は9月4日に詐欺と虚偽有印公文書作成・同行使の罪を認定したうえで、起訴猶予の不起訴処分としたことをマスコミ各社に明らかにした。

同じ不起訴でも、荒木町長が受けた「起訴猶予」は、その他の「嫌疑なし」や「嫌疑不十分」と比べ、雲泥の差がある重い処分だ。
起訴猶予とは、犯罪行為をしたことは明らかであり、起訴すれば裁判で有罪になる可能性が極めて高いと、検察官が判断したということが大前提になっている。しかし、「犯人の性格」や「年齢及び境遇」、並びに被害額を弁済したか、懲戒処分などで社会的制裁を受けたかどうかなど「犯罪後の情況」を考慮して、あえて不起訴にするという処分である。
荒木町長の旅費着服は明らかだったが、本人もその事実を認めて謝罪し、被害額の約200万円をすべて返還していた。さらに、半年間の報酬を返上する減給処分も自ら科していた。それらを踏まえて検察官が、荒木町長は社会的制裁を受けて反省しているので起訴する必要はない、と判断したということで、犯罪の事実はあったということである。
この起訴猶予については、刑事訴訟法のなかで明記されており、その248条で次のように定められている。
<犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる>
その一方で、「犯罪行為はなかった」「犯罪を証明できる証拠が不十分」などと判断された場合は「嫌疑なし」「嫌疑不十分」となり、不起訴処分になる。つまり、同じ不起訴でも、犯罪行為が認められた起訴猶予は、全く別物ともいえる厳しい処分なのである。
それから約1カ月後の10月16日には、残る4人の処分も決まり、荒木町長と同じく、全員が起訴猶予の不起訴処分となった。岩川浩一元副町長や岩川俊広元議長、岩川修司元副議長については、「役職の辞任や減給などで社会的制裁を受けて反省している」として、起訴は免れた。また、旅行会社の元責任者は事件を受けて懲戒解雇になっており、その点が考慮されて起訴猶予になったとみられた。


不正精算の事実を隠蔽し、言論封殺の告発で私たちに反撃したことを踏まえると、不起訴処分には納得がいかなかった。起訴猶予で裁判が開かれなければ、起訴状の内容が公開されることはなく、虚偽の領収書が発行された経緯は不明のままになるからだ。むろん当事者が自ら説明すれば詳細がわかるのだが、町長や元副町長らを擁護する住民団体は、起訴猶予なのに「犯罪の事実がなかった」「無罪で事実無根」などと主張。まるで私たちが「でっち上げ記事」を書いたかのように吹聴して、町中にチラシを配って開き直った。

だが、起訴猶予になった5人のなかで、岩川修司元副議長だけは正直に真実を打ち明けたことは、せめてもの救いだった。起訴猶予の処分が出るのに先立って、8月に刑事告発された際には、マスコミの取材に対し「東京ではタクシー代などがかかるため、実際より高額な領収書を書いてもらい、多めに旅費を受け取った」と釈明。さらに「大変悪いことをした。町民に深くおわびしたい」と謝罪し、意図的に金額が水増しされた領収書を受け取っていたことを認めていた。

岩川元副議長が「実際より高額な領収書を書いてもらった」と告白したことを踏まえると、旅行会社の元責任者が意図的に虚偽の領収書を発行していたことは明らかだった。そうなると、岩川元副町長や岩川元議長が受け取った「見積もりの領収書」と「予約の領収書」にも、虚偽の領収金額が書かれていたということである。それゆえに検察官は、犯罪行為があったことは明らかだと判断したうえで、全員を起訴猶予処分にしたのだ。

そこで気になるのが、7月に鹿児島県庁まで出向き、記者会見を開いた岩川元副町長の動向である。マスコミ各社を集めた会見では、私たちが書いた記事に対し、「事実をねじ曲げようとする行為」などと断じて、名誉毀損と強要の疑いで刑事告訴すると発表。さらに、民事で損害賠償請求訴訟を提起するとして、8月のお盆休み明けには、刑事告訴と民事提訴の両方を同日中にすると息巻いていた。
それに備え、私は新聞社の顧問弁護士らと協議を重ね、告訴と提訴に向けて準備を進めた。私が主体となり、一連の取材で集めた出張記録や領収書をはじめ、取材時の動画や録音のデータなどを整理して、訴状に対する答弁書のベースとなる文書の作成を続けていた。
(4章 報道砂漠②につづく)
※本文に登場する人物の肩書と年齢は当時のものです。
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