取材記『離島記者』

4章 報道砂漠⑦『離島記者』

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『離島記者 報道砂漠で闘う市民メディアの挑戦』カバー写真

新たな「草の根メディア」の誕生

創刊に向けた準備が進むにつれて、私はニュースサイトのデザインよりも、大きな課題があることに気づいた。行政監視を目的にした市民メディアをつくるのはいいが、編集デスクを務める私には、本格的な調査報道に携わった経験がなかったのだ。

新聞社には20年勤めたが、その大半を写真記者として過ごした。南極や北極などの環境取材では、地球温暖化などをテーマに記事もたくさん書いてはいたが、社会部などで行政の不正に切り込むような取材をしたことはなかった。

ただ、不慣れであっても屋久島に移住してからは、町の情報公開制度で行政文書を手に入れ、なんとか出張旅費不正精算事件などの取材を続けてきた。しかし、それは調査報道もどきの素人取材であり、真っ向から権力を追及するには知識も経験も乏しかった。

このまま未熟な調査報道を続けていたら、いつかは大失敗をして、取材相手から名誉毀損などで訴えられるかもしれない。そんな心配をしながら創刊準備を進める私だったが、ひょんなことから10年ぶりに連絡を取り合った新聞社時代の元同僚に相談をすると、思いがけず貴重な助言をもらうことができた。

元同僚は行政機関の公文書を端緒にした調査報道を数多く経験しており、その取材手法は実に巧みだった。

ジャーナリストやマスコミの記者から情報公開請求を受けた行政機関は、何か不都合なことを探られるのではないかと警戒して、情報公開に消極的な態度を示すことが多いという。さらに、行政が保有する公文書は膨大な量で、どんな文書がどれほど残されているのか、その詳細を一般市民が知るのは不可能だ。

そこで、役立つのはこの表現だという。

「〇〇についての関係文書一切」

情報公開請求をする際に、まずはそう書いておけば、どんな文書があるのかわからなくても、開示対象になり得る全文書に網をかけられる。すると、行政の担当者から連絡があり、「具体的にどんな文書が必要ですか?」と確認されるので、その質問をそのまま返すかたちで「どんな文書が保管されていますか?」と、逆に尋ねればいいというのだ。そして、担当者が示した文書リストから選んで開示を求めれば、目的に適した行政文書が手に入るという。

屋久島町の公文書開示請求書の書式

でも記者とはいっても、所詮は一般市民だ。数多くの公文書から選んでリストを作成し、そんなに丁寧に対応してもらえるのだろうかと心配になってくる。ところが各自治体には、公文書の開示ルールを定めた情報公開条例があり、例えば屋久島町の条例には、次のような条文がある。

<第37条(情報提供の充実) 実施機関は、この条例による公文書の開示のほか、町民の求める情報の把握に努め、情報提供についても一層の充実を図るよう努めるものとする>

どんな公文書があるのかわからない場合、職員は開示請求した住民に対し、丁寧に情報を提供する義務があるということである。

この条例の規定を知らないばっかりに、私は出張旅費不正精算事件の取材では苦戦を強いられた。具体的な文書をピンポイントで請求できなかったため、なかなか必要な出張記録に辿り着けず、何度も請求書を出し直さねばならなかったのだ。

元同僚の助言で、調査報道の端緒となる情報公開請求の手法については、とてもよくわかった。だが実は私、恥ずかしながら調査報道について学んだことがなかった。公文書などを基にして、行政の裏に隠された不正や不祥事に迫る報道だというのは理解していたが、具体的にどのように取材を進めて、その結果をどう記事にすればいいのか、明確には知らなかった。

今現在はわからないが、私が新聞社に入った1990年代は、新人記者が取材方法を学ぶ研修は一切なく、すべては日々の取材現場で覚える「OJT」(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)だった。

私は富山支局で新人時代を過ごしたが、赴任していきなり先輩に警察本部へ連れて行かれ、記事の書き方もわからないまま、殺人や放火などの事件現場に送り出された。逮捕された容疑者が最大20日間の身柄勾留で起訴されることも知らずに取材をしていたら、警察署の刑事課長から刑事訴訟法の本を渡されて、「そんな基本も知らんのか!」と厳しく説教をされたこともあった。

そんな調子だから、地方支局から社会部に上がり、政治家や行政機関の汚職事件などを担当しない限り、事件取材のノウハウを本格的に学べる機会は少なかった。ましてや1999年に国の情報公開法が公布されるまでは、情報公開条例をもつ地方自治体は少なく、公文書の開示請求を基にした調査報道を経験する記者は限られていた。

そこで、元同僚が教えてくれたのは、ユネスコが出版した『調査報道 実践マニュアル』の邦訳版(旬報社)だった。国際的に活躍する調査報道の専門家らが執筆したもので、ジャーナリストを養成する海外の教育機関などで、教材として使われているという。

調査報道について書かれた『調査報道実践マニュアル』(旬報社)の表紙と扉ページ

調査報道を理論的かつ体系的に学んだことがない私にとって、この実践マニュアルは興味深かった。なかでも、ジャーナリズム活動を大きく二つに分け、当局の発表に頼る<通常報道>と、独自取材を基にした<調査報道>の比較はとても参考になった。

まず、取材のリサーチで、通常報道は<記事が完成すると、追加調査は行われない>という。その一方、調査報道は<記事の正しさが確認されるまで、調査は継続される。発表後も続くこともある>とあり、取材のすべてが記者本人の判断に委ねられている。

次に情報源について、通常報道は<情報源を信用することが前提><当局の情報源は、自分自身の計画を売り込むために情報を記者に惜しみなく提供>とある。だが、これが調査報道になると<信用性の検証なしには、どのような情報も使われない><当局の情報は記者から隠されている>となり、情報源に対するスタンスは正反対だ。

最後は結果に対する責任だが、通常報道は<記者による間違いは起こりうる。しかし、それは避けられないことであり、通常、重要ではない>とあり、なんとも無責任だ。それに対し、調査報道は<記者は間違いにより、公式、非公式の制裁を受ける。それはジャーナリストや掲載メディアの信頼性を破壊することになりかねない>とあり、全責任は記者や記事を掲載したメディアが負うという。

この比較を見ると、通常報道が他力本願であることがわかる。国内外で批判を受ける日本の記者クラブ制度はこの典型で、当局の情報が間違っていたとしても、横並び一線の報道なので、誰も責任を取る必要はないということだ。

その一方、調査報道における記者の責任は、極めて重いことがわかった。事実誤認の間違った記事を出せば、取材対象者の人格や名誉を傷つけるほか、最悪の場合は、自身の記者生命が絶たれることもあるのだ。

4章 報道砂漠⑧につづく)

本文に登場する人物の肩書と年齢は当時のものです。

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