2章 失敗④『離島記者』

会見当日、会場となった屋久島町役場のフォーラム棟には、鹿児島市内からマスコミ各社の記者が駆けつけた。

そして、告発人の代理人を務める鹿児島県弁護士会の白鳥努弁護士は、大勢の記者を前に驚きの発表をした。私と南日本新聞の記者、旅行会社の親会社の幹部ら計4人を刑事告発したというのだ。容疑は刑法223条の「強要」。事前に4人で示し合わせて共謀し、旅行会社の責任者に「無理に事実とは違う証言をさせた」という主張だった。

私は朝日新聞社からの要請で、会見の取材はできなかったが、同僚記者から伝えられた内容は、とんでもない言いがかりだった。言論を封殺するために訴訟を仕掛ける、いわゆるスラップ訴訟と同じで、私たちの報道に反撃するための刑事告発だと感じた。
本来であれば、証言を「強要」されたとする責任者が告訴すべきところだが、本人は取材中に隠し録音をして、証拠の音声ファイルを提供しただけだった。さらに告発人のなかには、町議会で町長や副町長を擁護し続けてきた石田尾茂樹町議もおり、荒木町長を取り巻く町議や住民が満を持して仕掛けた告発であると思われた。
不正をした側が、不正を追及する側を貶めて反撃し、自身の不正を覆い隠す――。
そんな構図になりつつある状況に、私は反論したかったが、そうはいかなかった。地元紙の南日本新聞と全国紙の朝日新聞の取材に対する告発となれば、取材した当事者が発言する機会はない。一方で、競合するマスコミ各社は色めき立ち、それまで一度たりとも、この事件を取材してこなかった社までもが報道することになった。
その結果、町幹部らによる出張旅費不正精算事件は、一転して「南日本と朝日の記者による証言強要事件」にすり替えられてしまった。
狭い離島での話題である。匿名ではあったが、朝日新聞や各社の記事で<朝日新聞の通信員(52)>が告発されたと書かれれば、それは私以外の何者でもなかった。

やっかいなことにニュースはネットでも配信され、東京や大阪などにいる先輩や元同僚から電話があり、「お前、ヘマをやらかしたのか」などと冷やかされた。また、ネットでの炎上に備えて、その2年前に屋久島に関する著作を出版させてもらった出版社の編集者には、言論の封殺を目的にした告発であることをメールで説明した。
町長に始まり、副町長、議長、副議長へと広がった出張旅費不正精算事件。真相解明まであと一歩のところまで来たが、ここで思わぬ「落とし穴」にはめられてしまった。私にとっては、嫌がらせの言いがかりだったが、この刑事告発の効果はとても大きかった。
それまでは町長の辞職を迫る横断幕を町役場で掲げるなどして、大勢の住民が町の幹部を糾弾していた。だが、「このまま批判を続けると、自分たちも刑事事件に巻き込まれるのではないか」と心配したのか、多くの住民は口をつぐんでしまった。
また不本意にも、私は「問題を起こした記者」ということになり、朝日新聞社から取材の自粛を求められた。マスコミ各社の先頭に立ち、この事件を追及していた私は完全に筆を折られてしまった。
町長や副町長を擁護し続けた末に、この告発に踏み切った石田尾町議らにしてみれば、「してやったり」の結果だったに違いない。3月定例会で虚偽領収書の不正調査を求めた町議に対し、石田尾町議は「刑事告発すればいい」と挑発するように反論していたが、その時点ですでに、自分自身が告発で反撃するつもりだったのであろう。

だが、それでも追及を続けてくれる住民がいたことには救われた。会見があった翌4月21日には、住民団体が岩川副町長を詐欺と虚偽有印公文書作成・同行使の容疑で告発。不正を追及する側と、追及される側が、告発合戦を繰り広げているかのような展開になった。
そうなれば、「触らぬ神にたたりなし」ということなのだろう。大半の住民は息をひそめるように、旅費不正事件の話題をしなくなった。さらに、追い打ちをかけるように新型コロナウイルスの感染拡大も重なり、取材の完全自粛を迫られた私は、警察と検察の捜査が進んでいる間は、じっと沈黙せざるを得なくなった。
ところが、相手方は一枚も二枚も上手で、反撃の手を緩めなかった。まだ司法の捜査が終わっていない段階だったが、またしても記者会見を開くと報道発表したのだ。それも、今度は副町長を退任して間もない岩川浩一氏本人が屋久島から高速船に乗り、わざわざ鹿児島県庁の記者クラブまで出向くという。

そして迎えた2020年7月20日の会見。私は朝日新聞の同僚記者がビデオ撮影した動画で視聴したが、4月の会見にも増して、「言いたい放題」と言わざるを得ない発言ばかりだった。
会見の冒頭では、南日本新聞と朝日新聞の記事に対して、代理人の白鳥弁護士が「不正な犯罪を、故意に犯したかのような記事」と断言して批判。続いて、岩川氏が「新聞記者が自分の想定したとおりの供述が得られないからといって、事実をねじ曲げようとする行為は決して許されることではない」と訴えた。
また白鳥弁護士は、岩川氏と旅行会社の責任者の2人が原告になって、私たち記者2人と両新聞社を相手取り、名誉毀損などで損害賠償請求訴訟を起こすと発表。さらに民事訴訟と並行して、名誉毀損と強要の疑いで刑事告訴する方針を示した。
おそらくだが、岩川氏は警察での事情聴取を終えたあと、自身の主張が受け入れられたと判断して、自ら記者会見に臨んだのだろう。そのためか、白鳥弁護士の発言は自信に満ち溢れており、8月のお盆休み明けには民事提訴と刑事告訴を一気にしたうえで、鹿児島市内で記者会見を開くことまで明らかにした。
言論の封殺を目的にした記者会見だとしても、ここまでやられると、それなりの備えが必要になる。一連の取材に自信はあったが、名誉毀損で損害賠償請求訴訟を起こされれば、報道内容が真実であるかどうかの立証責任は、記事を書いた記者側にある。相手方は「この記事は真実ではない」と言えば十分で、ただその訴えだけで、私たちは法廷に引きずり出されてしまうのだ。
記者会見の説明どおりであれば、1カ月後の8月20日ごろには提訴される。そうなると、すぐに相手方の訴状に対する答弁書が書けるように、裁判に向けて準備をしなくてはならない。
もう、あまり時間はなかった。私は朝日新聞社の顧問弁護士の指導を受けて、取材のメモや動画と録音のデータ、情報公開請求で集めた出張記録などをまとめながら、裁判用の文書を書き始めた。
(3章 容疑者①につづく)
※本文に登場する人物の肩書と年齢は当時のものです。
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