7章 逆風のなかで③『離島記者』

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『離島記者 報道砂漠で闘う市民メディアの挑戦』カバー写真

通告文の文案は町の河野通孝・法務事務専門員が作成し、委員会に出席した町議に配布されたのだが、そこには常軌を逸したとしか思えない文言が並んでいた。

筆者の議会取材を制限する方法を検討するために、岩川俊広議長が議会運営委員会で配布した筆者に対する通告文の文案 ※黒塗りは屋久島町が情報開示する際に加工

<屋久島町議会においては、(中略)原則として会議にかかる事実を正確に提供することができる能力、資質を備えた者すなわち報道機関に限定して(取材を)許可することとしている>

こんな差別的な表現を町の法律顧問が考え、さらに町議会が検討していたとなると、屋久島町は社会の笑いものになると感じた。事実を正確に提供する<能力、資質を備えた者>が、なぜ報道機関だけに限定されるのか。これでは、報道機関に属さないで取材する記者や作家などには、事実を伝える能力がないということになる。まさに職業差別であり、人権侵害ともいえる表現に憤りを覚えた。

<貴殿は報道機関の名のもとに撮影した映像を、報道機関としての報道活動とは無関係の個人名義のブログへ登載し、自己の政治的主張のために用いている>

これは岩川議長らの勝手な思い込みで、事実無根の主張だった。問題視された動画は、私がフリーの記者として撮影したものだ。さらにブログに掲載したのは、町議会でのやり取りを淡々と伝えた記事と動画だけで、<自己の政治的主張>は一切掲載していない。

屋久島町議会が削除を求めた動画が掲載された旧屋久島ポストの記事(2018年6月23日付)

<貴殿が、報道機関として許可を受けて撮影した映像を報道機関による報道活動として使用するのではなく、自らのブログに登載し、もっぱら自己の政治的主張を展開するために用いる行為は上記許可の趣旨に反するものと言わざるを得ない>

これも事実無根であり、私はフリーの記者として報道を続けており、政治的な主張を記事に盛り込んではいない。

<当議会は貴殿に対し今後今回のことのないよう厳重に抗議するとともに、再度そのような事態が生じた場合には今後撮影許可をしないこと、あるいは関係機関に対して適切な対処を求める等の措置をとることを申し伝えるものである>

これは恫喝にも等しい表現だ。<関係機関に対して適切な対処を求める等の措置>と書くことで、契約先に抗議がいくことを示唆し、「お前に不利なことが起こるぞ」と脅しているのと同じである。おそらく、KKB本社に乗り込む案は河野専門員が考え、私を威嚇する「カード」として、岩川議長の選択肢に加わったのだろう。

ところが、この通告文、実は私の手元に届くことはなかった。当初は私に文書として送ることを計画していたが、その後に何らかの理由で見送られたのだ。こんな文言を私が目にすれば、全文をブログで公開されて反論されるとでも心配したのか。委員会が閉会したあとには、ご丁寧に回収までされていた。

それでは、なぜ私がこの通告文の存在を知ったのかといえば、委員会が終わったのちに、議会関係者から私に「契約先のテレビや新聞に抗議がいくかもしれない」との情報が入ったからだ。その後、情報公開請求で議事録と通告文案を入手した私は、じっと町議会の出方をうかがっていたが、岩川議長らが大きく動くことはなかった。

しかし、その議会運営委員会から10カ月が過ぎた2019年5月、岩川議長は「武田がKKBの腕章をつけて取材した動画を個人のブログで流している」という勝手な筋書きを考え、石田尾町議ら幹部3人と一緒にKKB本社を訪ねた。

KKB鹿児島放送を訪問した岩川俊広議長(左)と石田尾茂樹町議=いずれも屋久島町議会の中継モニター画面を撮影

応対したKKB幹部によると、議長らが4人も訪ねてきたことで、「無言の圧力を感じた」という。ただ、特に強く抗議されることはなく、私が運営している「ニュースブログを知っているか」「武田さんの報道をどう思うか」といった質問があったというが、私にとっては中傷の「告げ口」でしかなかった。

その面会から数日後、私はKKBの幹部に呼び出され、鹿児島市内の本社へ行った。初めは少し疑われ、「まさかKKBの腕章で個人的な取材をしていないよな」などと言われたが、詳しい事情を説明すると、一定の理解は得られたと感じた。

ただ、ブログで続けている独自の報道については、「自粛してはどうか」と諭された。地方のテレビ局としては、なるべく地元自治体と揉めたくないというのは理解できた。だが一方で、フリーの記者として取材した問題を、そのまま放置するわけにはいかなかった。

KKB鹿児島放送の本社=KKBウェブサイトより

私はとても悩んだ。KKBとの契約を切れば、自分が取材した問題をテレビで伝えられなくなり、貴重な収入源が絶たれることになる。しかし、目の前で起きている町政の問題を放置し、見て見ぬふりを続けてしまえば、ジャーナリストとしては失格である。

「フリー」か、それとも「マスコミ」か――。

結局、私が選んだのは、フリーとしての「一時休戦」だった。KKBの幹部には朝日新聞でお世話になった先輩もいて、角を立てないためにも、マスコミとして自粛することにしたのだ。

すべては、岩川議長らの目論見どおりになったと感じた。私をフリーの立場では取材させない。すなわち私の筆を折るには、契約先の報道機関に無言の圧力をかければいいということである。

それから半年ほどは、私はブログでの独自報道を中断して、テレビと新聞の取材に専念した。だが、その年の12月になると、航空運賃のシルバー割引を悪用した荒木町長の旅費着服疑惑が発覚。さらに、岩川議長らによる虚偽の領収書を使った出張旅費不正精算が大きな事件に発展し、それ以上の自粛はできなくなった。

そして私は、フリーの記者として取材を再開し、じっと沈黙させていたニュースブログに記事を流し始めた。

屋久島町長の出張旅費着服問題を受けて、報道を再開した旧屋久島ポストの記事

その一方、5年にわたって続けてきたテレビの取材は、ここで諦めるしかなかった。私は2020年3月、やむなくKKBとの業務委託契約を終わらせた。

(7章 逆風のなかで④につづく)

本文に登場する人物の肩書と年齢は当時のものです。

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