7章 逆風のなかで⑥『離島記者』

島外からの追い風
新聞とテレビで報じる機会を奪われた私は、マスコミから完全に離れ、屋久島ポストの共同代表として取材に専念することになった。
大手の報道機関ではないので、さらに町役場や町議会から強い圧力を受けるのではないかと心配したが、それは全くの杞憂だった。
それまで町側は、こちらの取材や記事に苦情があれば、私が契約する報道機関に圧力をかけられた。だが、報道する場が市民メディアだけになると、その苦情は屋久島ポストに直接言うしかない。そして町側の幹部は、私たちに論破されて引き下がるようになった。
町長や議長からは、著作権や肖像権などを口実にして、議会動画や写真の削除を求められたこともあった。だが、その主張に法的な根拠はなく、ただ単に「気にくわない」だけの話だ。それ以前であれば私の契約先に告げ口をして、私の筆を折ることもできた。
だが、そんな苦情は屋久島ポストには通用しなくなった。
しっかりと行政監視の報道をするには、大手の報道機関を離れるしかない。なんとも皮肉な現実ではあるが、それがマスコミの一員として取材するということだと痛感した。

さらにマスコミを離れてよかったのは、町で一緒に取材をしてくれる住民有志にめぐり会えたことだ。屋久島ポスト共同代表の鹿島幹男さんら島民記者の深い人脈で取材網を張りめぐらせれば、町が隠そうとする不正や不祥事に迫ることができる。私ひとりだけの力では、絶対にかなわない報道ができるようになったのだ。
地道に取材を続けるうちに、島外にも理解者の輪が広がってきた。
2022年6月には、表現の自由や国民主権の促進などに貢献した個人や団体を顕彰する「日隅一雄・情報流通促進賞2022」の奨励賞を屋久島ポストが受賞した。
この賞は、日米沖縄密約の文書公開訴訟など、市民の知る権利を守る活動を続けた故日隅一雄弁護士(享年49歳)の遺志を継いで設立された「日隅一雄・情報流通促進基金」(東京都新宿区)が主催。弁護士や大学教授、作家、メディア関係者らが中心になって活動し、毎年1回、日隅氏の命月に授賞式を開催している。
授賞理由は「情報公開制度を活用して、機能不全になっている地方自治のあり方を明らかにし、ブログという誰でも簡単に利用できるツールを使い、問題解決のために情報発信を行う取り組みは、公正な情報の流通・促進をはかる活動を表彰する本賞の対象にふさわしい」とされ、屋久島町の補助金不正請求や出張旅費不正精算などをめぐる調査報道が高く評価された。
創刊から半年での受賞に、鹿島さんと私は夢を見ているようだった。東京であった授賞式には2人で招かれ、副賞の30万円は情報公開請求の手数料などの取材費に充てるため、ありがたく拝受した。
そして、受賞のあいさつで鹿島さんはこんな思いを語った。
「地域社会で市民が調査報道をしている例は、おそらく初めてだと思います。誰もが手軽に書いて読めるブログを使えば、市民でもジャーナリズム活動ができる例として、屋久島ポストがモデルケースとなり、同様の活動が全国に広がることを願っています」
授賞式の様子は南日本新聞で報じられた。町長の旅費着服問題を取材し、その後に東京支社に異動した記者が駆けつけてくれた。

さらに2024年6月には、地域に根差した報道や情報発信などの活動を顕彰する「地域・民衆ジャーナリズム賞2024」を屋久島ポストが受賞した。
この賞は、101歳で亡くなるまで現役のジャーナリストとして活動した、むのたけじ(本名・武野武治)氏の精神を受け継ぐことを目的に創設されたものだ。
戦時中、朝日新聞の記者だったむの氏は、大本営が発表した嘘の情報を新聞が報じ続けた責任を感じ、終戦と同時に退職した。その後は故郷の秋田県横手市に家族と移住し、30年にわたって週刊新聞「たいまつ」を発行。平和運動や農村の貧困、利権政治などをテーマに、地域と民衆のために報道を続けた市民メディアの大先輩だ。

しかし2024年、障害者に対する生前の差別発言が問題になり、賞の名称から「むのたけじ」の冠が外された。発言の詳細を聞く限り、その内容は決して許されるものではない。だが一方で、「たいまつ」や数多くの著作など、むの氏の業績は後世に伝えるべきものであることに変わりはない。
人は誰でも失敗する。大切なのは失敗を教訓にして、二度と同じ過ちを繰り返さないことだ。その意味でこの受賞は、むの氏からいただいた教訓だと思い、ありがたく受けさせていただいた。
屋久島ポストが評価されたのは、次に挙げる四つの報道だった。
➀ 特定の国会議員らに高額な贈答が続けられた町長交際費問題
➁ 虚偽の工事実績報告で国から補助金1668円の返還命令を受けた補助金不正請求事件
➂ 現職の町議会議員が廃棄物処理法違反で50万円の罰金命令を受けた廃棄物の不法焼却事件
➃ 公務災害で町職員が死亡した町営牧場の過重労働死問題
どのテーマも、屋久島ポストが独自に取材したものだ。もし私たちが報道しなければ、誰にも知られなかった問題であり、地域・民衆ジャーナリズムの活動として高く評価されたことは光栄だった。

東京・日比谷の日本プレスセンターで6月15日にあった授賞式には、私が共同代表として出席した。残念ながら鹿島さんは所用で欠席となり、表彰状を受け取った私は、鹿島さんの思いも込めて、受賞のあいさつをした。
「狭い地域社会で行政監視の調査報道を続けていると、町長を支持する住民から誹謗中傷を受けるなどして孤立することもありますが、一連の報道で町役場の体質は確実に改善されています。今回の受賞を励みにして、全国の地域社会で地道に活動を続けるみなさんと連携していきたいと考えています」
その後も栄誉は続き、2025年には調査報道大賞(主催・報道実務家フォーラム、スローニュース)の奨励賞、「ジャーナリズムXアワード」(主催・ジャーナリズム支援市民基金)の次席となるY賞を、それぞれ受賞した。

各種の賞とは別に、メディアやジャーナリズムを専門とする研究者から声をかけられるようになったのも、とても励みになっている。
2023年6月には、メディア研究の専門家らが集う日本メディア学会の「2023年春季大会」が奈良市の奈良県立大学で開かれ、「住民による行政監視活動の課題と展望」をテーマにしたワークショップに屋久島ポストも参加した。
このワークショップは、国内外で新聞各社が衰退するなか、報道機関に取材されなくなった地域社会が報道砂漠となっている現状を踏まえ、住民が自ら行政監視をする市民メディアの可能性について話し合うものだった。
企画の中心になったのは、名古屋大学大学院情報学研究科の小川明子准教授(現・立命館大学映像学部教授)と同志社大学大学院社会学研究科メディア学専攻の小黒純教授だ。小川准教授は欧米の市民メディアの現状や支援体制などを報告し、小黒教授は滋賀県の大津市政を主な対象に、市民と調査報道を続ける「ウォッチドッグ」の活動を紹介。私は屋久島町で続く不正や不祥事について説明した。

約2時間続いた議論のなかで、最も印象に残ったのは、私が伝えた町の諸問題に対して、参加者から何度も笑い声が起こったことだ。
例えば、出張旅費の不正精算で使われた虚偽の領収書について、副町長が「見積もりの領収書」、議長が「予約の領収書」と釈明したことを紹介すると、会場からは「そんな領収書があるわけない」と、嘲笑の声が上がった。さらに、議会から屋久島ポストが締め出されたり、私が契約する報道機関に町側の幹部が乗り込んだりした話になると、「そんなことが許されるのか」と言いたげな苦笑も広がった。
これらの嘲笑や苦笑は、私には新鮮な反応だった。見積もりや予約で領収書が出るはずがないのは当然なのだが、屋久島町の役場や議会では問題にされず、それを追及する私たちが批判されてしまう。それが続くうちに、いつしか私たちは、「実は自分たちの方が、おかしいのではないか?」といった錯覚に陥ってしまうのだ。
その意味では、ワークショップの参加者から起こった笑い声で、私は目が覚めた思いがした。
「ああ、やっぱり自分たちは間違っていなかった」と。
そして報告の結びで、私は「小さな地域社会において、既存の報道機関による行政監視には限界があり、最終的にはそこで暮らす住民が自分たちの力で取材して報道するしかない」として、住民団体などが運営する独自メディアが必要だと指摘。屋久島ポストの取り組みは、住民自身が行政監視をする「草の根メディア」のモデルケースになり得ると訴えた。
(終章『離島記者』につづく)
※本文に登場する人物の肩書と年齢は当時のものです。
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