2章 失敗①『離島記者』

なぜ、航空券の見積もりや予約をしただけで、発行されるはずもない虚偽の領収書が屋久島町の役場や議会に出まわっていたのか?
いくら理由を問いただしても、岩川浩一副町長は「旅行会社に尋ねてほしい」と言い、岩川俊広町議は「すべて警察で話す」と回答を拒否する。そうなると、領収書を発行した旅行会社を訪ねて、責任者から事情を聴くしかなかった。

虚偽領収書の調査をする百条委員会の設置案が町議会で否決されたことを受けて、私は領収書を発行した町内の旅行会社に電話で取材を申し込んだ。2020年3月の時点で、虚偽の疑いがある領収書は7枚あり、この旅行会社がそのすべてを発行していた。運送業なども営む親会社は鹿児島市内にあるが、旅行業については町内の子会社が一手に引き受け、ベテランの責任者に一任されていた。
その旅行会社は島北部の宮之浦地区にあり、県道沿いの空き地にぽつんと置かれたプレハブ店舗で営業していた。
3月27日午前10時前、約束より少し早く着いた私は、店舗の軽い引き戸を開けて、店内の様子を覗いてみた。すると、数人の客を相手に2人の女性社員が航空券やホテルなどの手配に追われていた。私に気づいたのか、店舗の奥から60代半ばの男性責任者が現れ、私は応接用のテーブルが置かれたスペースに通された。
初めに私から名刺を渡してあいさつしたが、責任者は自分の名刺を出す気がないようで、そのまま椅子に座って向かい合った。少し気まずい雰囲気だったが、私は岩川副町長が「見積もりの段階で受け取った」とする領収書のコピーを示し、単刀直入に尋ねた。

「会社のやり方として、見積もりで領収書を出しているんですか?」
すると、責任者はこう説明して、あっさりと「見積もりの領収書」の存在を認めた。
「手が空いているときは見積書を作るけれど、今みたいにバタバタしていると、これぐらいの金額ですって(領収書に)書いてね」
あまりにはっきりと認めるので、私はやや呆気にとられたが、念のために確認した。
「忙しいときに(見積書の代わりに)領収書を切ってしまうことがあるということで、いいんですね」
それに対し責任者は、見積もりで領収書を出すことが、さも当然であるかのような口ぶりで言った。
「あるよ。でも、通常それを悪用することはないので」
だが、今回は「見積もりの領収書」や「予約の領収書」が原因となって不正精算が起き、副町長や議長らが余分に受け取った旅費を町に返還している。「悪用」したかどうかは別にして、この旅行会社が発行した領収書が原因になっているのは明らかだった。

そこで、私は虚偽領収書のコピーを1枚ずつテーブルに並べ、実際の販売記録と照合させてほしいと頼んだ。すると、責任者は迷惑そうに苦笑を浮かべながら、きっぱりと断ってきた。
「個人情報に関わることだから、うちにも守秘義務があるんだよ」
それに対し、私は「役場の公費を使った税金の話ですから、個人情報ではないですよ」と食い下がったが、責任者は頑として応じなかった。さらに、私の取材に対して「個人(の取材)なんでしょ。要するにジャーナリストといっても個人なんでしょ」と見下すように言って、取材に応じる必要はないと突き放してきた。
虚偽の疑いがある領収書が7枚もあるのに、何一つ確認しようとしない責任者の態度を見た私は、何かを隠していると確信した。
だが、私には次の一手がなかった。この旅行会社が虚偽の領収書を発行したことは明らかなのだが、最後の最後は、目の前にいる責任者の協力と証言が頼みの綱だった。私は粘り強く説得を続け、責任者から協力を得ようとした。
「これは税金の問題で、おたくの会社に公費が支払われているという認識はないんですか? 副町長も旅行会社で尋ねてほしいと言っているわけですから」
しかし、壁は厚かった。シルバー割引を悪用した荒木町長と岩川議長の旅費着服の件で、責任者は警察の捜査に協力しているとのことで、私の頼みを一蹴してきた。
「じゃあ、それはまあ、警察の方には答えますから」
自分の会社が発行した領収書が原因で、公費が不正に支出されていたのに、極めて無責任な態度だと感じた。あと一歩で、虚偽領収書の真相が判明するところまで来たが、この日はなす術もなく、私は旅行会社のプレハブ店舗を立ち去るしかなかった。
最初の直接取材は失敗したが、虚偽の領収書が発行された経緯を明らかにするには、どうしても旅行会社の責任者を再取材する必要があった。だが、再び向かい合っても、「警察で話す」と言われ、突き放されるのは目に見えていた。南日本新聞の動きも気になったが、私の耳には「責任者に追い返されたようだ」との情報が入っていた。
さて、どうするか。
あれこれ思案するうちに、私の携帯電話が鳴った。町の事情に明るい住民からで、近く南日本新聞の記者が旅行会社の親会社を訪ねる予定だという。さらに領収書を発行した責任者も同席して、親会社の幹部に取材をするということだった。
町長のシルバー割引のときと同じく、またもや先を越されたと思ったが、私としては、南日本新聞の取材に期待するしかなかった。
ところが翌日、また同じ事情通の住民から電話が入り、親会社の幹部が「朝日新聞の記者にも同席してほしい」と言っていると伝えられた。これには驚いたが、詳しく聴くと、取材の前に親会社の幹部が旅行会社の責任者から事情を聴き、虚偽の領収書が発行された経緯を調べるという。その際に、当初から取材を続けている複数の記者に同席してもらい、一連の情報を説明してほしいというのだ。
これは、虚偽の領収書をめぐる会社内の調査に、記者である私も参加するということだ。通常の取材ではあり得ないことで、私は答えに詰まってしまった。電話口の住民は「会社幹部としては、社会に対して説明する責任があり、ぜひとも協力を得たいようだ」と言うのだが、過去に経験がないことであり、私は深く悩んだ。
(2章 失敗②につづく)
※本文に登場する人物の肩書と年齢は当時のものです。
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