取材記『離島記者』

3章 容疑者⑩『離島記者』

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『離島記者 報道砂漠で闘う市民メディアの挑戦』カバー写真

告発人たちに「強要」と主張された取材について説明が終わると、刑事の質問は大きく変わった。それまでは取材の経緯や様子を聴かれていたが、それとは打って変わり、「告発されたのは、なぜだと思いますか?」と質問してきたのだ。そうなると、私の個人的な思いや推察なども話さなくてはならない。

今回、私たちを告発した6人は記者会見をしたうえで、告発状の写しをマスコミ各社に配っていた。そのため、私もそのコピーを共有し、誰がどのような内容で告発したのかを詳細に把握していた。

朝日新聞と南日本新聞の記者ら4人を強要容疑で刑事告発する告発状のコピー ※一部にモザイク加工をしています

そこで、まず初めに私は、告発人として記載された6人について、それまでに把握していた情報を刑事に伝えることにした。
 
告発状に名前を連ねた6人のうち5人は、いずれも各地区の区長や町の選挙管理委員長などを務めた町の「重鎮」で、荒木町長の熱心な支持者とみられた。町長の旅費着服が議会で問題になった際には、そのなかの数人が町議会での意見交換会に出席し、町長を追及する一部の町議を糾弾するなど、町幹部らを擁護し続けていた。

そして6人目は、町長派の筆頭である石田尾茂樹町議だった。一貫して町長や副町長らを擁護し、虚偽の領収書などを調査する百条委員会の設置案が提案された際も、率先して反対意見を連発。岩川副町長の「見積もりの領収書」に対して、詳細な調査を求める一部の町議には、「刑事告発すればいい」とまで言って反対していた。

副町長の減給案に対する賛成討論で、議案に反対するなら「刑事告発すればいい」と発言した石田尾茂樹町議=2020年3月23日、屋久島町議会の中継モニター画面より

この6人について、私は「いずれも荒木町長の熱心な支持者で、出張旅費不正精算事件の取材を続ける私と南日本新聞の記者に反撃する意図があって、刑事告発したのだと思っています」と説明した。すると、刑事は告発状に書かれた一人ひとりの名前を確認しながら、私の供述をノートに書き留めた。

だが、町長派の住民らが言論を封殺するために仕掛けた「スラップ告発」だと感じていた私は、まだ言い足りなかった。最後の取材から告発までに10日間しかなく、極めて短期間で記者会見が開かれたからだ。取材や記事に不満があれば、まずは新聞社に抗議文を出すなどして、謝罪や訂正を求めるケースが大半である。しかし、今回はいきなり告発に踏み切り、記者会見で集めたマスコミ各社に「記者らを強要で告発」と報道させる用意周到さがあった。

刑事告発の記者会見についてマスコミ各社に配られた広報文の一部

告発人が「強要」だとする取材があったのは4月10日で、新聞記事が載ったのは11日と14日。そして、記者会見の案内がマスコミ各社に届いたのは17日で、告発人たちはわずか1週間で告発の準備を整えていた。その間には、2時間におよぶ取材を隠し録音した音声の記録を文字に起こし、54ページの反訳書を完成させるなど、当初から告発ありきで取材を受けていたことがうかがえた。

また、告発人のうち石田尾町議を除く5人は、告発の準備を進めていた4月初めに「郷土の明るい明日を創る会」と称する市民団体を結成し、私たち記者や一部の町議を誹謗するビラを町内の6000世帯に全戸配布。「個人情報が警察ではなく、一部のマスコミに漏洩され、個人を攻撃する材料に使われた」と中傷したほか、「人権を無視したかのようなマスコミの取材や報道、あるいは議会における追及」は「常軌を逸している」などと非難していた。

住民団体「郷土の明るい明日を創る会」が全町6000戸に配布したビラ。出張旅費不正事件の報じる新聞記者らを誹謗中傷する内容だった ※一部にモザイク加工をしています。

この告発を鹿児島県弁護士会の白鳥努弁護士ら、3人の弁護士が支えていたことも不可解だった。警察に提出された証拠には、3月に私と南日本新聞の記者が別々に取材した際に、責任者が隠し録音した音声記録の反訳書もあり、白鳥弁護士らの指導で計画的に告発の準備が進められていたこともうかがえた。

そして何よりも、私がスラップ告発だと主張するのは、記者会見の広報文が流れる前日に、知人から1本の電話を受けたからだ。私が電話に出ると、やや慌てた声で「武田さん、なんか変だよ。さっき町長の支持者たちと話していたら、『明日さあ、おもしろいことが起きるから、楽しみにしてな』って言われたけど、何だろう?」という。何も知らなかった私は、その翌日にファクスで送られてきた記者会見の広報文を手にして、この告発は町長派の住民らが報道に反撃するために企てたものだと確信した。
 
聴取5日目になると、初めは厳めしく思えた刑事とは、完全に打ち解けたように感じた。疑ったわけではないと思うが、私が過去に書いた記事をネット検索したようで、「山海留学の体罰訴訟の記事、本当に新聞社のウェブサイトに載っていましたね」などと言われ、雑談をする余裕も出てきた。また、事情聴取とは別に、私の人となりを知ってもらおうと、その2年前に執筆した屋久島の本を読んでもらったところ、「武田さんの屋久島に対する熱い思いが伝わってきました」と、思いがけない感想まで言われてしまった。

筆者が執筆した書籍「もうひとつの屋久島から」の表紙

そうはいっても、まだ取り調べは残っていた。取材のやり取りを記録した反訳書を開き、告発人たちが「強要」だと主張する個別の表現について、私は「脅したり、拘束したりして、証言を強要するような行為は一つもしていません」と反論した。それに対し、刑事は「でも、取材を受けた相手は、事実ではないことを言うように強要されたと主張していますけど」と押し戻してきた。

少し油断していたが、終盤になって再び刑事が厳しく迫ってきた。私は「これはまずい」と焦り、気を引き締めて強く主張した。

「相手が強要と感じたのは、親会社の幹部や私たち記者に対して、真実を言わざるを得ない状況に追い込まれたからだと思います。私たちはこう言えと強制したことはなく、なぜ領収書を水増ししたのか、その理由を何度も何度も尋ねるなかで、最終的に本人が証言した内容を記事にしたと考えています」

ここまで話して、事情聴取は終わりに近づいてきた。これで、やっと解放される。そう思ったところで、もう一つ大きな山が待っていた。それまでに私が話した内容を踏まえ、刑事がまとめた供述調書を読んで確認し、署名と押印をしなくてはならなかったのだ。

実はこの告発を受けて、助言をもらった弁護士からは、こう釘を刺されていた。

「供述調書は読み上げてもらうのではなく、必ず自分で目を通して確認すること。少しでも事実と違うところがあれば、その旨を刑事に伝えて、納得がいくまで直してもらうように。文章を書くのが不得意な刑事もいるので、妥協せずに何度でも直してもらうこと」

厳命されていたので、刑事が机に供述調書を並べると、私は身構えた。ここでしくじると、その後に調書が送られる鹿児島地検で重い処分を受けるかもしれない。緊張で胸の鼓動が全身に伝わり、初めは調書の内容が文章として意味を結ばず、単語ごとにしか理解できなかった。

その時点で供述調書は7本あった。本の目次と同じように、私が話した内容が次のテーマごとに分けられていた。

➀ 新聞社時代と屋久島に移住してからの取材
➁ 旅費不正事件の取材で、虚偽領収書の存在が判明するまでの経緯
➂ 旅行会社の責任者に対する最初の取材
➃ 親会社の幹部も交えた取材が設定されるまでの経緯
➄ 強要とされた取材の内容
➅ 取材後の経過と告発までの経緯
➆ 証拠の反訳書に対する主張

少しずつ読み進むうちに平静を取り戻すと、私が発した一つひとつの言葉が、供述調書のなかから生き生きと浮かび上がってきた。その文章表現は簡潔かつ的確で、まるで30年近くにわたる自分の取材記を読んでいるかのように感じた。

私を取り調べた刑事は、幸いにも「名文家」だった。弁護士の助言どおり、一字一句を真剣に読み通したが、細かい事実関係の誤りを除くと、どこも直す必要がない文章だった。妙な話ではあるが、自分自身の供述調書なのに、その読後感は実にさわやかだった。

すべての調書に署名と押印をした私は、刑事の目を見つめて、思わず言ってしまった。「刑事さんは文章がうまいですね。まるで小説を読んでいるようでした」。すると、刑事は「ものを読んだり書いたりするのが好きなもので」と言って、かすかに照れ笑いを浮かべた。
 
聴取最終日となった6日目は、ほとんど雑談のような感じの取り調べになった。

私がどこで生まれ育ち、どんな学生時代を過ごして就職したのか。両親やきょうだいを含めた実家の家族、さらに妻と娘について詳細に聴かれたのち、ついには世帯収入や預金残高の具体的な金額まで問われてしまった。

あまりに深くプライバシーに踏み込む質問が続いたため、私は「預金残高まで聴きますか?」と言って、一度は押し戻してみた。だが、またしても国家権力の強さを思い知らされた。刑事からは「これは聴く決まりなんですよ。ここまで来たんで、思い切ってお願いします」と説得され、最後は半ば「自白」させられた気分だった。

屋久島警察署

これですべての取り調べが終わった。警察署には6日間も通い、聴取時間は計30時間。供述調書は全部で8本になった。

私は刑事に「まる裸」にされたような気分のまま、ひとり屋久島警察署をあとにした。

4章 報道砂漠①につづく)

本文に登場する人物の肩書と年齢は当時のものです。

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