7章 逆風のなかで⑤『離島記者』

屋久島町の申し入れについて、私は総局デスクから受けた電話で知った。これは町議会の幹部がKKB本社を訪問したときと同じで、取材した私を飛び越して、契約する報道機関に圧力をかける手法だと感じた。

そこで、すぐに私は町の総務課長に電話で抗議をした。
「記事を書いた私に連絡せず、いきなり総局を訪ねるというのは順序が違います。まずは記事のどこに間違いがあるのか、取材した私に説明していただくのが筋です」
しかし、総務課長は私の主張を一蹴した。
「あなたには、何も話すつもりはありません。これは町としての決定事項なので、こちらから総局に伺います」
荒木耕治町長が3選をめざす町長選は10月27日にあり、わずか2カ月後に迫っていた。これ以上、町長に不利になる記事を出されることを恐れたのか。頑なで一方的な総務課長の口調に私は、「お前の筆を折ってやる」と言わんばかりの気概を感じた。

そして記事の掲載から12日後の8月28日、総務課長と河野通孝・法務事務専門員は高速船で鹿児島市まで出張し、朝日新聞鹿児島総局を訪問。総局のデスクと記者に対し、町としての言い分を伝えてきた。
応対したデスクによると、記事に対する町の考え方は、主に河野専門員が説明したということだった。その際に、専門員の手元には「記事訂正等申入れの趣旨(メモ)」と題した紙が置かれ、次のような内容が書かれていた。

<当該交付金にかかる申請書の内容を悪意をもって(一定の意図のもとに) あえて曲解し、あたかも屋久島町が上記山海留学事業そのものの実施主体であることの証左となる資料(証拠) であるかのように取り挙げ、屋久島町がこれまで町議会や山海留学事業を巡る損害賠償請求訴訟において虚偽の主張、 陳述を繰り返してきたかの如く述べている>
KKBのときと同じく、事実無根の記述ばかりが並んでいた。私は<悪意>や<一定の意図>をもって<曲解>したことはなく、ただ単に国交省と町の認識が違うと書いただけだ。裁判で町が「虚偽の主張、陳述を繰り返してきた」とも一切書いておらず、記事を曲解しているのは町の方だった。
さらに河野専門員のメモには、こう記されていた。
<これは、明らかに事実に反する内容であり、著しく屋久島町さらには屋久島町民の名誉、尊厳を傷つける不法行為(民法709条、710条、723条)であり、看過し得るものではないから、ここに記事の訂正と今後このような事態が生じないよう厳正に対処することを申し入れるものである>
私の記事が不法行為だと断じて、該当する民法の条項まで示しているが、それでは具体的に記事のどの部分が違法だというのか。
新聞における「訂正」というのは、記事の内容に誤りがあった場合に出すもので、その際には訂正する記述を明確に示さなくてはならない。例えばだが、こんな記事になる。
<1月1日配信の記事「縄文杉は何歳なの?」で、縄文杉の樹齢が「1万年」とあるのは「数千年」の誤りでした。取材時の確認が不十分でした。訂正して、おわびします>
しかし、この河野専門員が用意した文書には、記事のどの部分に、どのような間違いがあるのかは、全く書かれていなかった。さらには、応対したデスクと記者にも具体的な説明はなかった。そうなると、訂正しろと言われても、訂正記事の書きようがないということになる。
そこで、この文書を目にしたデスクは「これは、訂正記事を出せということですか?」と尋ねた。それに対し、河野専門員は「いえ、今回はそこまでは」と言って、手元の文書を引っ込めたという。
訂正を求める気がないのに、訂正を申し入れる素振りだけを見せる。なんとも悪賢いやり方だと思ったが、それが河野専門員の法律家としてのやり口なのだろう。

そもそもだが、最初から町は朝日新聞社が訂正に応じるとは思っていなかったということである。だが、それでも訂正を申し入れるために、町の公費で出張までして、記事に対する苦情を言う目的は何だったのか。さらに河野専門員は、私の記事のどこに誤りがあると判断して、「不法行為」とまで断言したのか。
その理由を探るため、私はこの出張に関する記録文書を情報公開請求で手に入れてみた。しかし公開されたのは、河野専門員が説明する際に手元に置いていた文書と出張旅費の精算書だけで、訂正を申し入れた根拠はわからなかった。
そこで私は総務課に文書を出し、総局を訪問した詳しい理由を尋ねることにした。また、町が訂正を求めようとした記事のコピーを手渡し、「どこに、どのような誤りがあるのか、記事の当該部分に赤線を引いてほしい」と依頼した。
それに対し、荒木町長からは次の文面で説明があった。
<本件は、当該申し入れが、具体的に訴訟等を想定するなど、町として正式に訂正を要請し、交渉する、あるいは損害賠償を求めるといった趣旨のものではなく、 新聞報道のあり方としていかがなものかという思いから、事実を伝え、かつ、今後の記事掲載に当たってはより厳正・慎重な対応を要請しておくべきではないかという注意喚起のためのもの、実際には、いわば苦情の申し入れに過ぎないものであった>
この説明文を見た私は、屋久島町の狡猾さを感じた。朝日新聞の鹿児島総局を訪問した目的は、<いわば苦情の申し入れに過ぎない>というのだが、そんな乱暴な話はあってはならない。もし自身が暮らす町の幹部と顧問弁護士が自分の会社を訪ねてきて、一方的に苦情を言われたら、そんな町には怖くて暮らすことはできない。

その一方、誤った部分に赤線を引いてほしいと伝えて渡した記事のコピーは、私の元には戻ってこなかった。何度も催促したが、頑なに赤線を引こうとしないので、記事に間違いはなかったと暗に認めたようなものだった。
町議会の幹部によるKKB本社の訪問もそうだったが、地方自治体の幹部が報道機関を直接訪ねて、記事や取材に対して苦情を言うというのは、極めて異常な対応だ。
政府が新聞に気にくわないことを書かれたからといって、首相周辺の関係者が新聞社を訪ねるようなことをすれば、報道に対する圧力だと批判される。それゆえ、権力側は報道機関と一線を画して向き合い、報道に大きな誤りがあれば、記者会見や文書、ウェブサイトなどで、その旨を主張することになる。
契約先の報道機関への直接訪問は、私から記事や映像を発信する場を奪い、黙らせるための「策略」だと感じた。まずは、KKBの訪問でうまくいったので、次は朝日新聞もと、目論んだのだろう。
テレビに続き、新聞まで奪われたら、私はマスコミを通じて記事を出せなくなる。さらには、最後に残されたマスコミからの収入源を失うことにもなる。
だが、これ以上は古巣の新聞社に迷惑をかけることはできなかった。私は段階的に新聞の取材を減らしながら、最終的に朝日新聞社との業務委託契約を終わらせた。
(7章 逆風のなかで⑥につづく)
※本文に登場する人物の肩書と年齢は当時のものです。
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