6章 住民訴訟③『離島記者』

そして、2023年9月6日。提訴から1年1カ月間にわたって続いた住民訴訟は、判決の日を迎えた。
訴状、準備書面、求釈明、意見陳述……。小脇さんにとっては初めての経験ばかりで、戸惑う場面も多かっただろう。代理人もなく独りで原告席に立ち、最後まで本人訴訟で争った姿勢に私は、町から不正をなくしたいという小脇さんの強い信念を感じた。
判決だけは法廷で取材したい。鹿島さんと私はそう思い、この日は鹿児島地裁に出向くことにした。ただ、日帰りで出張しても、高速船の往復料金は島民割引で約1万3000円もする。少しでも取材費を節約するため、やむなく私が一人で鹿児島市へ向かった。

9月6日正午過ぎ、鹿児島地裁の待合室に入ると、NHKの記者がいたので、私から「きょうは何の取材ですか?」と声をかけてみた。すると、私と同じ裁判の取材をする予定だという。
この問題を初めて報じた私としては、とても嬉しかった。それまでは記事を配信しても、ほとんどマスコミから相手にされなかった事件なので、なんだか認めてもらえたような気分になった。だが、すぐにぬか喜びだとわかった。その記者が条件をつけてきて、「もし住民側が勝訴したら、夕方のニュースで出します」というのだ。
正直なところ、私の予想は「住民側の敗訴」だった。
支援を受けたとはいえ、法律の素人が作成した訴状と準備書面で闘った裁判である。対する町は、元弁護士の河野通孝・法務事務専門員が答弁書などを書いた。相撲で言えば、序の口の新人力士が横綱に挑むようなもので、小脇さんにとっては、極めて無謀な訴訟だったのだ。
午後1時過ぎ、法廷に入るとマスコミの記者が傍聴席に揃っていた。さらには司法記者クラブの代表取材で、テレビのカメラマンが開廷前の様子を撮影して、住民勝訴の「万が一」に備えていた。
いよいよ開廷すると、裁判長が淡々と判決文を読み上げた。
「被告は、荒木耕治、日高豊及び矢野和好に対し、連帯して135万2204円及びこれに対する令和4年10月6日から支払い済みまで年3分の割合による金員を支払うよう請求せよ」
この判決を聞いた私は、呆気に取られてメモがうまくできなかった。裁判官が「原告の請求を棄却する」と住民側の敗訴を告げると予想していたので、判決文の意味がよく理解できなかったのだ。
法廷から廊下に出ると、小脇さんが大勢の記者に囲まれていた。勝ったのか、負けたのか、本人もよくわからないようで、記者の質問にうまく答えられていなかった。そこで私は小脇さんに頼み、民事部の事務室に行って、判決文を受け取ってもらうことにした。

数分後、小脇さんはA4判で10ページの判決文を手に戻ってきた。すぐに私は判決文を受け取り、ざっと目を通した。どうやら住民側が「一部勝訴」という内容のようで、判決理由には荒木町長らの責任について、次の趣旨の文言が並んでいた。
<町職員が違法行為を行わないよう監督指導すべき義務を負っていた>
<虚偽報告や工事について、調査等をするよう指示を行わなかった>
<屋久島町に対する注意義務違反が認められる>
<虚偽報告をした職員の説明をたやすく信用すべきではなかった>
どれも荒木町長ら幹部の違法行為を指摘する記述で、町の杜撰な工事管理や事務手続きを批判した住民側の主張を認めるものだった。
ところが、賠償責任が認められたのは約135万円のみで、住民側が求めた約1668万円の賠償請求は大半が棄却された。
その理由は、荒木町長らが速やかに虚偽報告の事実を国に報告していれば、そもそも補助金を受給していなかったと判断されたからだ。町が国に納付した約1668万円のうち、補助金にあたる約1514万円はもともと受給できなかったもので、それを返還したとしても、町に損害はないということである。
一方、加算金の約154万円については、荒木町長らによる注意義務違反と「相当因果関係のある損害」と認められた。町が補助金を受給していなければ、加算金を支払う必要がなかったからだ。賠償額が約135万円に減額されたのは、すでに業者が賠償した203万円のうち、加算金にあたる約19万円が差し引かれたからだ。

さらに裁判官は、これまで町が続けてきた<国庫補助金の交付決定が取り消されたのは、本件工事が期限内に完了しなかったから>だとする主張を認めなかった。判決文の事実概要のなかで、補助金返還に至った理由について、<同町が本件事業を完了していなかったにもかかわらず、これを完了したとする事実と異なる本件報告書を提出したことが、善良な管理者の注意をもって補助事業を適正に行わず>にいたことで、補助金適正化法に違反したとした。
国に返還した約1668万円のうち、賠償責任が認められたのは約135万円。金額的には町が勝訴したようだが、住民の敗訴が予想されていたこともあり、小脇さんは記者たちに喜びを語った。
「町の杜撰な町政運営の実態が浮き彫りになる判決で、原告の住民としては完全勝訴だと考えています」

その様子を横で見ていた私は、これは本当のことなのかと、まだ信じられなかった。そもそも住民訴訟で、原告が一部であっても勝訴するケースは極めて少ないからだ。さらには、住民側には弁護士の代理人がおらず、本人訴訟で約135万円の賠償責任を認めさせたのは、まさに横綱を倒した「大金星」といえる快挙だった。
それゆえ、マスコミは積極的に報じた。
判決前、私が待合室で記者と話したNHKを含め、テレビ3局が夕方のニュース番組で<虚偽報告で荒木町長らに賠償責任>と伝えた。翌朝には、南日本新聞なども裁判結果を報道。この問題を2年前から取材していた屋久島ポストとしては、とても嬉しい結果となった。

ところが、その喜びはすぐに消え去った。判決から9日後、町が一審判決を不服として、福岡高裁宮崎支部に控訴状を送ったのだ。
控訴審は12月から始まり、半年間に4回の口頭弁論が開かれた。小脇さんは82歳になっていたが、裁判の度に高速船で鹿児島市に渡り、その先はJR線で宮崎市を往復して法廷に立ち続けた。

控訴審で町が争点にしたのは、住民訴訟の前提要件となる住民監査請求をした時期だった。住民が請求した2022年5月の時点で、問題の補助金を受給した前年4月から、法的に請求が可能な1年を経過しており、監査そのものが「不適法」で無効だったというのだ。
しかし幸いにも、裁判所は町の主張を退けた。2024年9月25日に判決が言い渡され、約135万円の賠償責任を認めた一審判決が維持されたのだ。しかも、全責任は町長にあると判断され、荒木町長が1人で賠償責任を負う結果となった。

この判決に対し、それでも荒木町長は諦めなかった。判決後、すぐに最高裁に上告し、「判決文のなかに違法な部分がある」と異を唱えた。だが、最高裁は2025年3月13日に上告を棄却。荒木町長の賠償責任を認めた控訴審判決が確定した。
提訴から2年半。本人訴訟で闘い続けた小脇さんに、私は人生の大先輩として敬服するばかりだった。
(6章 住民訴訟④につづく)
※本文に登場する人物の肩書と年齢は当時のものです。
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