3章 容疑者⑤『離島記者』

大阪での取材を終えた私は、2018年7月30日付の朝日新聞の鹿児島版とデジタル版で<山海留学生に体罰><児童側、町・里親を提訴>と報道。すると、共同通信が大阪発で記事を配信し、翌7月31日には南日本新聞や地元テレビも報じた。さらに、この問題を一部の町議が町議会で取り上げ、里親宅で体罰があったにもかかわらず、児童と保護者に寄り添わずに放置した町の姿勢を批判した。

体罰を受けた児童は、事前の見学で校庭から望んだ緑の山々に感動し、「自然のなかで学びたい」と留学を決めたという。だが、その期待を裏切られた児童に対し、管理責任を問われた町は、法廷で無責任な主張を続けた。「屋久島町山海留学」と銘打って児童を募集しているにもかかわらず、「留学を実施しているのは各校区の実施委員会であり、町に法的な責任はない」というのだ。
しかし、町の教育委員会が事務局となって児童を募集している以上、その主張には無理があった。さらには、町が国から補助金を受け、公費で事業費を支出していることからも、実質的に町が山海留学の実施主体であることは、誰がどう見ても明らかだった。
結局、大阪地裁は町に一定の管理責任があったと判断。町と里親が計120万円の解決金を支払うほか、「町は体罰などがあったことに遺憾の意を表し、里親への研修を充実させる」ことなどを盛り込んだ和解が成立した。私たちの取材に対して、町の教育長は「児童と保護者に寄り添うことができなかったことを反省する」と話した。

ところが、山海留学をめぐる訴訟は、これだけではなかった。この和解が成立する前にも、別の里親宅で目にけがをした児童が損害賠償を求めて提訴していたのだ。そして、この訴訟でも町は「実施主体は町ではない」と法的責任を回避しようとしたが、最終的に町と里親が計220万円の解決金を支払うことで和解が成立した。
当初、町は議会に対し、山海留学生への体罰で訴訟が提起された事実を隠したが、私の取材をきっかけに、多くの住民が知るようになった。その結果、「里親を引き受けて、何か問題が起きたら、町に全責任を押しつけられる」といった心配が住民の間で広がり、実質的に山海留学の里親制度は自然消滅することになった。
私が不正や不祥事で追及している町が、いかに無責任な自治体なのか。ここまで話せば共感してもらえると思ったが、あと一つ、どうしても伝えなくてはいけない事件があった。国内外の登山客から「屋久島の自然を守ってほしい」と寄付された3000万円が、競馬やパチンコなどに消えた入山協力金の横領事件である。
「多額の入山協力金がなくなったらしい」
そんな噂が町を駆けめぐったのは、2019年2月のことだった。
入山協力金は町の条例に基づいて、2017年度に始まった制度だ。町は環境省や林野庁などとつくる屋久島山岳部保全利用協議会(会長・荒木耕治町長)に収納業務を委託し、登山客から日帰りで1000円、山中泊で2000円を任意で集めている。当時は年間に約5万人が寄付しており、その合計は約6000万円。主に山小屋のトイレにたまったし尿の運搬や、登山道の整備に役立てていた。

不確かな情報であっても、事実がわかるまで、じっと待ってはいられなかった。私はすぐに山岳関係者や町議らに電話をかけまくり、噂の真相を確かめようとした。すると、どうやら被害額は「数千万円」になりそうだという。
もし、それが事実であれば、世界自然遺産の島を預かる町の信用が根底から崩れる一大事である。
さらに取材を進めると、横領したのは協議会の職員一人だとわかった。すでにその職員は懲戒解雇になっており、近く刑事告訴されるという情報も入った。記者会見は2月25日だが、ここまでわかれば記事にするしかない。私は2月24日付の朝刊で、<屋久島の入山金 着服か><協議会、元会計職員を告訴へ>の見出しで報じた。

翌日、町役場で開かれた記者会見には、大勢の報道陣が訪れた。会見の冒頭で、荒木町長ら協議会の幹部は被害額が少なくとも3000万円になることを発表し、深々と頭を下げて陳謝した。
だが、そのあとがいけなかった。私たち記者から事件の原因や責任の所在について問われると、「協力金制度そのものに問題はない」「責任は横領した職員にある」と言い張って、町や協議会の管理責任には言及しなかったのだ。

町が条例に従って、収納を委託した協議会で発生した事件である。元職員が3000万円を弁済するまでは、町や協議会が一時的に被害額を補填すると思われたが、その後の展開は意外なものだった。
事件の発覚を受けて、協議会は緊急の臨時総会を開き、荒木町長ら幹部が「任意団体の協議会に法的責任はない」ということを早々に確認した。協議会は町内会や市民グループなどと同じ任意団体で、法的な責任が取れない「権利能力なき社団」だというのだ。
それでは、法的責任を負えない協議会に収納業務を委託した町が、その代わりに管理責任を取るのか。
ところが、町議会で責任を追及された荒木町長は「協議会の職員が起こした事件なので、町には法的責任はない」と主張。さらに、被害額を町の一般財源から補填することなく、残っていた寄付金の全額である約2700万円で損失を穴埋めして、山小屋トイレのし尿運搬費用などに充ててしまった。

寄付金の横領で発生した損失を、残った寄付金で穴埋めする事態に対し、ネット上には屋久島町を批判するコメントが相次いだ。
「世界遺産という金のなる木に群がる金の亡者」「自然を商材にした商売島」……。マスコミ各社の記事が配信されたヤフーニュースに投稿された非難の声は、実に1000件以上にもなった。
協議会の会長は荒木町長で、環境省や林野庁、鹿児島県なども入った組織なのに、その協議会の職員が協力金を横領しても、任意団体だから「法的責任はない」という。それではと、町の条例に従って、収納業務を委託した町が責任を負うのかと思えば、町の職員が横領したわけではないので、これまた「法的責任はない」という。
こんな無責任な状態で寄付金を求められた登山客たちは、いったい何を信じて自分たちの浄財を託せばいいというのか。
その後の取材で、協力金を管理する町の担当職員が通帳の確認を怠り、協議会の職員だけに会計を任せていたことが判明。さらに、公認会計士を入れて実施するはずだった監査もしておらず、町の管理体制が極めて杜撰だったこともわかった。
しかし、その後も町は協力金の収納体制を見直すことなく、法的責任が負えない協議会に収納業務を委託し続けている。
(3章 容疑者⑥につづく)
※本文に登場する人物の肩書と年齢は当時のものです。
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