4章 報道砂漠②『離島記者』

過去の裁判取材で、訴状や答弁書などの法律文書を読んだことはあったが、自分が被告になることを想定して、法的な文書を書くのは初めてだった。そもそも相手方の主張が事実無根なので、反論を考えること自体が億劫だった。だが弁護士の指導で、それまでバラバラだった文書やデータが整理されていくうちに、「自分で弁護ができるかも」と思うほど、理論整然と反論が書けるようになった。
それまで「名誉毀損」という言葉は何度も見聞きしていたが、恥ずかしながら、法的な意味合いを勉強したことはなかった。そこで、相手方の主張に対して、どう反論すれば押し返せるのかを、弁護士から学ぶことになった。
まず名誉毀損とは、その人に関する情報を一斉メールやブログなどで公然と指摘して、社会的な評価を低下させる行為だという。そこで一つ意外だったのは、その内容が事実であっても、結果的に人の信用を損なうものであれば違法となるということだった。
そうなると、私たち記者は事実を確認したうえで記事を書いているが、もし、その事実を書かれた人から「社会的な信用に傷がついた」と訴えられれば、名誉毀損になる可能性があるということだ。
今回の記事でいえば、意図的に虚偽の領収書が発行されていたことが事実であったとしても、元副町長と旅行会社の元責任者が「名誉を汚された」と言えば、その主張が認められることになる。

そこで、重要なのは次の四つの条件で、このなかの三つをクリアできれば、名誉毀損は免れるという。
➀「公共性」 ➁「公益性」 ➂「真実性」 ➃「真実相当性」
まずは、その事実を報じることに公共性と公益性があれば、名誉毀損にならない可能性があるということだ。町役場で続く公費の着服をなくすために、虚偽の領収書で不正精算が行われている事実を記事にすることは、公共の利益に資する報道なのは明らかである。
これで、クリアすべき三つの条件のうち、二つは問題ないことがわかった。残る一つは、記事の重要部分の内容について、真実性または真実相当性が認められるかどうかだ。
真実性とは、記事の内容が真実かどうかということだが、ここで問題になるのは、旅行会社の元責任者が「意図的に虚偽の領収書を発行していた」とする部分だ。元責任者は私たちの取材に「売上を上げる」目的で、実際より高額な航空券代が書かれた領収書を発行したことを認めていた。だが、その後に発言内容を撤回し、取材で証言を「強要」されたとして、私たちを刑事告発する根拠にした。

こうなると、元責任者の内心に関わる話であり、本人が「強要された」と言えば、それが「真実」となってしまう。それに対し、私は取材時の録音記録を示して、「確かに元責任者は意図的に虚偽の領収書を発行したと言っていた」と反論することになるが、それでも元責任者が「強要された」と主張すれば、それ以上はなす術がない。
そこで、頼みの綱となるのは、最後の四つ目となる真実相当性である。弁護士によると、「記事の内容が真実であると信じるにつき相当な理由がある」と立証できれば、名誉毀損は免れるという。
その時点で、虚偽の疑いがある領収書は合計で7枚あった。それらの領収書に対し、私は実際の販売額が記録された関係文書を手に入れて、領収書が発行されていたことを確認。さらに、元責任者から直に証言を取るなどして、その事実を裏づける取材もしていた。

私としては、不正の事実に迫るために、一つひとつ地道な取材を重ねたという自負があった。そして、名誉毀損で訴えられた場合は、その取材過程を詳細に説明して、記事に書いた内容が「真実であると信じるにつき相当な理由がある」と主張することに決めた。
この真実相当性が立証できれば、町役場での不正な公費着服に関する報道なので、公共性と公益性も認められ、名誉毀損は免れるに違いない。私はそう確信して、荒木町長らの処分が決まった9月から10月にかけて、法的な文書を書き続けて提訴に備えた。
ところが、12月になっても一向に刑事告訴と民事提訴の動きはなく、相手方からは何も音沙汰もなかった。7月の記者会見では、告訴と提訴の時期は「8月のお盆休み明け」と意気込んでいたので、私としては「まだか、まだか」と緊張する日々が続いていた。

マスコミ各社を集めて、あれだけ大っぴらに発表したのだから、予定日が変わったのであれば、広報文を出すはずだが、それも全く届く気配がない。だからといって、岩川元副町長や代理人の白鳥努弁護士に電話をして、「その後、私たちに対する告訴と提訴のご予定はいかがでしょうか?」と尋ねるわけにもいかなかった。
それでは、あの会見での意気込みは、何だったのか。
おそらくだが、相手方の予想に反して、検察官によって犯罪行為が認められ、岩川元副町長と元責任者が起訴猶予処分になったため、私たちに対する法的措置を見送ったのだと思われた。
告訴と提訴の「狼煙」を記者会見で上げたのであれば、元公人の岩川元副町長と法律家の白鳥弁護士には、その後の説明責任がある。そして何より、会見で名指しされた新聞社や私たち記者の社会的な信用が傷つけられたことは明らかであり、それこそが名誉毀損だった。
正直なところ、逆に提訴したかったが、新聞社としては問題を荒立てたくはない。また私としても、記者という立場を考えれば、法的な手段ではなく、言論活動によって反論すべきだと悟り、憤りを抑えて心をあらためた。
さて、とりあえずは告訴と提訴の波を乗り切ったが、私にはもっと大きな懸案があった。警察で6日間も事情聴取を受けた私に対する刑事処分が、12月に入っても決まっていなかったのだ。

取り調べは計30時間にもおよび、刑事が作成した8本の供述調書は、すでに9月中には鹿児島地検へ送られていた。警察から書類送検されれば、地検で取り調べを受けることになるので、私は覚悟を決めて、出頭要請の電話が来るのを待ち続けていた。
ところが、待てど、暮らせど、地検から連絡が入ることはなかった。もし仮に容疑事実を認めて謝罪していれば、起訴猶予で不起訴になる可能性はあるが、私は証言を強要してはいないので、容疑を完全否認していた。そうなると、最悪の場合は起訴猶予にもならず、起訴される可能性もあった。
あまりに心配になったので、新聞社の顧問弁護士や旧知の弁護士ら複数の専門家に相談してみたが、全員「書類送検されれば、検察で事情聴取を受けることになる」と口を揃えて言う。そうなると、私と一緒に告発された親会社の幹部や南日本新聞の記者、さらには参考人たちの供述調書と照らし合わせて、完全否認した私の主張に何か問題でもあったのだろうかと、さらに心配になってくる。
(4章 報道砂漠③につづく)
※本文に登場する人物の肩書と年齢は当時のものです。
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