4章 報道砂漠③『離島記者』

深い不安を抱えたまま、自分は新年を迎えることになるのか。
そう思い詰めていた年の瀬の12月25日、気晴らしに庭の草刈りでもしようと家から出たところで、私の携帯電話が鳴った。着信番号を見ると、「099」の市外局番が表示され、鹿児島市内からの着信であることがわかった。
やっと地検から出頭要請の連絡が来たのか。安堵とも緊張とも、なんとも言えない複雑な心境のまま、私は電話に出た。すると、やはり鹿児島地検からで、担当の検察官がこんな説明をしてきた。
「武田さんに対する強要被疑事件ですが、本日12月25日付で、公訴を提起しない処分を決定しました」
出頭要請の連絡だと思っていたので、いきなり処分を告げられ、私は呆気にとられた。さらに驚いたのは、「公訴を提起しない」という不起訴なのだが、そもそも私は、その時点で検察官から事情聴取を受けていなかった。
そこで、私から「鹿児島地検に出頭する必要はないのでしょうか?」と尋ねると、検察官は「はい、必要ありません」と即答。そのまま電話を切ろうとしたので、私は慌てて重要な質問を続けた。
「不起訴にもいろいろありますが、嫌疑不十分とか、起訴猶予とか、詳しい処分理由は教えてもらえませんか?」
すると検察官は「これから不起訴処分告知書をご自宅に送りますので、その書面が届いたのちに電話をいただければ、口頭で伝えさせていただきます」と言った。
まずは不起訴の知らせに安心したが、詳しい処分理由がわかるまでは喜べない。同じ不起訴であっても、「嫌疑なし」または「嫌疑不十分」でなければ、身の潔白が証明されたことにはならないからだ。

もし起訴猶予なら、大変なことになる。私はそう案じながら、告知書が届いた週明け月曜日の12月28日に、祈るような気持ちで地検に電話をした。そして、担当の検察官に「告知書が届いたので、詳しい処分理由を教えていただけないでしょうか?」と尋ねた。
すると、検察官は歯切れよくひと言で答えた。
「嫌疑不十分です」
その説明を聞いた私は、腹の底から湧き上がる喜びを抑えることができなかった。電話中で声にこそ出せなかったが、心のなかで「やったー」と叫び、右手の拳を強く握り締めて、あふれる歓喜の気持ちを発散した。
電話を切ったのち、私は一緒に告発された親会社の幹部と南日本新聞の記者にも連絡を入れた。その結果、私と同じく、3人とも嫌疑不十分の不起訴処分だとわかった。
荒木町長に端を発した出張旅費不正精算事件が発覚してから丸一年。その間に私は、町長派の住民らに刑事告発されたうえ、岩川元副町長らには刑事告訴と民事提訴の宣言をされるなど、旅費不正の取材に対する「報復」を受けてきたと感じていた。

町役場の出張旅費の着服をめぐり、不正を働いた側が、その不正を追及する側に対し、言論封殺を目的にした「スラップ告発」などの不当な手段で反撃する。
1万数千人の暮らしを守る地方自治体としては、極めて由々しき事態だが、町役場にはさらに多くの虚偽領収書が残されている疑いがあった。私は不起訴で容疑が晴れたことを受けて、それまで自粛していた取材活動を再開し、さらなる屋久島町の闇に迫ることになった。
出張記録の山に挑む
私が刑事告発や民事訴訟の対応に追われている間に、旅費不正の問題を追及する市民団体「清く正しい屋久島町を創る会」は、自分たちの手で不正調査を始めようとしていた。
それまでに判明した被害額は約232万円に上り、その金額はさらに増える可能性があった。そこで、すべての職員と町議を対象に、過去6年間の全出張記録を情報公開制度で請求し、他にも虚偽の領収書などによる不正精算があるかどうかを確認することにしたのだ。
町から開示された記録文書は、すべて合わせて約1万6000枚。開示にかかる手数料は文書1枚につき10円なので、合計は約16万円にもなり、住民団体はカンパを募って捻出した。そして、山のように積まれた記録文書を前に、住民有志が1枚ずつ旅費精算書や領収書を確認して、地道な調査を続けた。
住民が独自の調査を迫られたのは、町議会が虚偽領収書の調査に後ろ向きだったからだ。一部の町議が不正調査をする百条委員会の設置を提案しても、町長を支持する多数派の町議たちは足並みを揃えて反対した。それまでに発覚した7枚に加えて、さらに多くの虚偽領収書が存在する疑いがあるにもかかわらず、住民代表の町議たちの大半は見て見ぬふりを続けた。

虚偽の領収書に目をそむける町議会の姿勢が際立ったのは、元副町長らの処分が決まる前に開かれた2020年9月の定例会だった。
3回目の提出となった百条委設置案の提案理由で、この問題を追及する真辺真紀町議は「不正な領収書が意図的に発行された疑いがある」と主張。それに対する討論で、町長派の石田尾茂樹町議は「意図的であったかどうかは(疑問で)、今(記者らが)強要で告発されている」と反論した。加えて、私たち記者が「意図的だった」と報じた記事については、「(旅行会社の責任者が)『それは違う』と言ったのに、(記者から)『言え』と強要されている」と主張した。

この石田尾町議は、私や南日本新聞の記者ら4人に強要の容疑をかけた告発人の一人で、刑事告発を発表した会見では司会も務めて、積極的に町幹部を擁護していた。さらに、それまで2回提案された百条委設置案にも率先して反対意見を主張。住民代表の町議でありながら、一貫して不正をした町幹部に寄り添う姿勢を続けていた。
町議が自ら刑事告発をして、その告発を根拠に百条委員会の設置に反対する。まさに「自作自演」の反対討論だったが、その後に石田尾町議の目論見は大きく外れた。
岩川元副町長や旅行会社の元責任者らに対して、検察官が犯罪の事実を認めて起訴猶予の処分を下したことで、意図的に虚偽の領収書が発行されていたことが明らかになったのだ。また、石田尾町議らが告発した私たち4人は、いずれも嫌疑不十分で不起訴となり、証言の強要はなかったことが明確になった。
つまり、石田尾町議が議会で発した「意図的かどうかは疑問」「記者が証言を強要した」とする主張は、すべて事実誤認であり、結果的に虚偽の発言だったということである。
(4章 報道砂漠④につづく)
※本文に登場する人物の肩書と年齢は当時のものです。
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