4章 報道砂漠⑩『離島記者』

元参事の自宅は、島北部の高台に立つ大きな家だった。低所得者が多いこの町で、高額な住宅ローンを組める住民は限られている。島のなかでは「高給取り」と言われる役場職員の多くは立派な自宅を構えており、元参事もその一人だと思われた。
顔見知りの島民記者が玄関を開けると、いとも簡単に元参事が姿を現した。そして、鹿島さんが取材の目的を説明したのちに、前日の取材で得た課長の証言を投げかけた。

「課長は工事が未完成だったことを知らなかったと言っていますが、実際はどうなんですか?」
すると元参事は、やや慌てた様子で反論した。
「(課長には)報告はしていますよ。だから(書類に)印鑑を押しているんですから」
それに対し、鹿島さんは「課長はあなたに任せきりにして、実際には工事が未完成だったことを知らなかった、と言っています」と重ねて尋ねたが、元参事は再び反論してきた。
「もちろん、水道工事はすべて私の責任でしていましたけど、上は上だから、(課長に)報告はしています」
こうなると「言った」「言わない」の話となり、どちらの言い分を信じていいのかわからなくなった。ただ、国から1億円超の補助金を受ける事業なのに、工事の進捗状況について、課長が「何も知らなかった」というのは、にわかに信じられなかった。
あとは、荒木町長のコメントが取れれば、いよいよ初報が打てる。私たちは屋久島ポストの創刊日を2021年11月9日と決めて、前日の早朝に町長の自宅を訪ねることにした。
島北部を流れる宮之浦川沿いの住宅街に立つ町長宅は、ゆったりとした平屋づくりで、庭ではきれいに剪定された木々が身を寄せ合うように並んでいた。駐車場には白い乗用車が停まっており、エンブレムを見ると「インフィニティ」だとわかった。日産の海外向けブランドの逆輸入車で、かなり値が張る高級車だ。
玄関前に行くには、この車の横を通らなくてはならず、鹿島さんたちは白く光る車体に傷をつけないように慎重に歩いた。そして、玄関の引き戸を開けて、「おはようございます」と声をかけると、家の奥からパジャマ姿の荒木町長が姿を見せた。
朝食の前だったようで、突然の訪問に町長はやや不満げだったが、鹿島さんが「水道工事の決算が不認定になりましたが、今後はどうされますか?」と尋ねると、町長は床に座り込んでこう答えた。
「今(担当課などと)検討している最中ですよ」
もう少し話してくれるかと思ったが、それ以上は口をつぐんでしまった。だが、担当課長に元参事、そして町長に取材をしたことで、初報の記事に掲載する材料はすべて揃った。あとは私が記事を書けば、いよいよ屋久島ポストの創刊となる。
11月9日未明。ほぼ徹夜で仕上げた初報の原稿が、ブログ管理の記事作成画面に流し込まれた。
<屋久島町が国に水道工事の補助金を申請する際に、実際には工事が終わっていなかったにもかかわらず、すべて完成したかのように装い、うその日付を記載した文書を作成して、厚生労働省に提出していた。この結果、町は補助金1億1000万円を受け取った……>

疲れで目がしょぼしょぼするが、初めの一歩で間違えるわけにはいかなかった。新時代のネットメディアとして出発するつもりなのに、長年、新聞という紙媒体で育ったせいで、記事のゲラは紙に印刷しなくては気が済まない。私は配信前の記事イメージを印刷し、赤ペンを手に何度も読み直して、創刊記事のリリースに備えた。
午前6時。記事配信の予定時刻になった。管理画面の記事一覧に示された見出し<うその記載で1億1000万円 補助金書類うそ記載問題>をクリックすると、記事全文が現れた。もう一度だけと心に決めて、最後の校閲をパソコン上で終え、管理画面下にある公開のアイコンにカーソルの矢印を移動。あとは、マウスでクリックすれば、町の補助金不正請求を告発する記事が流れる状態になった。
いざ記事を配信するとなると、緊張で胸が高鳴ってきた。念には念を入れ、これが最後と言い聞かせて、もう一度だけ記事全文を読み通すと、ようやく決心がついた。私は右手でマウスを握りしめ、人差し指で強く左ボタンを押し込み、ついに初報をリリースした。

これが新聞であれば、見出しも見えない速さで紙面が輪転機を駆けめぐる、映画やドラマでおなじみのシーンとなる。だが、ネットメディアは静かなものだった。配信された記事は町内だけでなく、世界中で読める状態になったのに、管理画面に表示されたアクセス数は少しも増えない。創刊したばかりで仕方がないのだが、アナログ世代の私としては、なんとも味気ない幕開けとなった。
初報の記事に続いて、すぐに私は<「屋久島ポスト」創刊します!>と題した読者へのあいさつ文を配信し、次の3本見出しを掲げた。
<市民のためのジャーナリズム活動>
<不正のない清く正しい屋久島町をめざして>
<調査報道で町役場が公表しない情報に迫ります>

記事本文では、新庁舎建設をめぐる町長リコールや山海留学の体罰訴訟、入山協力金3000万円の横領事件など、不正や不祥事が絶えない町政の現状を紹介。そして次の一文で、鹿島さんら島民記者と私の決意を伝えた。
<私たち住民有志は、報道機関による監視の目が届かない屋久島町で、市民の、市民による、市民のためのジャーナリズム活動を始めます。東京のジャーナリストや法律の専門家の協力で、徹底した調査報道によって町政を監視していきます。だれにも平等に開かれ、だれもが安心して暮らせる町にするための活動です>
初報の内容に自信はあったが、まだ名も知られていないネットメディアに、どれほどの影響力があるのかは未知数だった。ただ、町が国に虚偽の工事実績を報告して、1億円超の補助金を不正に請求したのは事実なので、マスコミ各社が報道するべき問題ではあった。そこで私は、鹿児島県庁の記者クラブに広報文をファクスで送り、屋久島ポスト創刊と補助金不請求の情報を流してみた。
すると、思いがけない反応があった。NHKや民放各局、全国紙、通信社には完全に無視されたが、地元紙だけは、屋久島ポストの記事を「あと追い取材」したのだ。
(4章 報道砂漠⑪につづく)
※本文に登場する人物の肩書と年齢は当時のものです。
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