取材記『離島記者』

4章 報道砂漠⑥『離島記者』

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やる気はあっても、記事を出す場がない。取材力が高いわけではないが、私は「陸に上がった河童」だった。でも、そのまま黙るつもりはなく、何か次の一手はないものかと、ずっと思案していた。

そんな私に、鹿島さんから声がかかったのは、虚偽領収書の監査が遅々として進まない2021年7月半ばのことだった。

「住民有志で町政を監視する市民メディアをつくりませんか」

それまで取材の対象だった鹿島さんから誘われ、私は戸惑った。長くマスコミで取材してきたこともあり、取材相手と一緒にメディアをつくることなど、一度も考えたことがなかったからだ。また、もし自分が市民メディアで取材を始めたら、自粛中の行政取材だけでなく、朝日新聞で報道する機会が完全に絶たれる心配もあった。

筆者が取材で使っていた朝日新聞屋久島通信員の名刺 ※一部にモザイク加工をしています

私はとても悩んだ。1万6000枚の出張記録と向き合い、虚偽領収書の調査を一緒にやり遂げたことで、住民有志と力を合わせることの可能性を感じていた。自分たちの調査結果をマスコミが大きく報道しなくても、同じ志をもつ一部の町議にその成果を託せば、それまでじっと動かなかった町長が、渋々であっても監査委員に不正調査を指示することにもつながった。

1万6000枚の公文書の山から抽出した屋久島町の職員や議員らの出張旅費精算書 ※黒塗りは屋久島町が開示する際に加工

だが一方で、それまでマスコミの仕事で得ていた収入がなくなることへの不安はあった。わずかな貯えで当面は食いつなげたとしても、貯金を切り崩しての生活になる。正直なところ、新聞とテレビの仕事で暮らしは安定していたので、経済的な生活レベルを一段、いや二段か三段下まで落として、倹約に徹する必要があった。

一度、住民有志と取材を始めたら最後、市民メディアの色がついた私と契約するマスコミは完全にいなくなる。なかなか覚悟がつかない私を見かねたのか、それまで黙っていた妻が言ってきた。

「ここでやめたら、これまでの取材で積み上げてきたものが全部なくなって、何も取材しなかったことになるんじゃない」

まさに妻の言うとおりだった。不安は多いが、ここで諦めたら、それまでの取材で明らかにしてきた数々の不正を、そのまま放置することになる。取材して、書くだけ書いて、途中でやめてしまったら、記者としての責任を放棄したことになると、私は悟った。

退路を断つ――。

妻から背中を押された私は、まさにそんな決意をもって、鹿島さんに電話で伝えた。

「新聞の取材はやめるので、市民メディア、ぜひやりましょう」

いい返事をしたつもりだったが、私がマスコミの仕事から離れると知って、鹿島さんはやや心配げな声色で尋ねてきた。

「でも、生活は大丈夫ですか? 私は年金暮らしだからいいけど、武田さんが年金をもらえるのは10年以上先でしょ」

確かにそのとおりなのだが、今さら弱気は見せられなかった。そこで特にあてはなかったが、私はこう言って、その場をしのいだ。

「たまに原稿を書いて、雑誌社から原稿料をもらえますから、心配ないですよ」

見栄を張ったわけではない。でも、鹿島さんに納得してもらうためには、そう言わざるを得なかった。

私の決断で、市民メディアの創刊が決まった。さっそく鹿島さんを中心にした住民有志のメンバー5人と、それに私を加えた計6人が集まり、最初の編集会議を開くことにした。

まず初めに話し合ったのは、新たに立ち上げる媒体の性格だった。

よくある市民メディアは、市町村が発表する情報や祭りなどの行事、グルメ情報などを伝えるかたちだが、私たちの最大の目的は行政監視だ。本来ならタウン情報を中心にして、それに加えて調査報道をしたかったが、いかんせん人手が足りなかった。さらには6人のなかで、新聞や雑誌などでの取材経験があるのは、私だけだった。

そこで、まずは調査報道に特化したメディアとして創刊することにした。編集長には鹿島さんが就き、私を除く他のメンバーは町内のしがらみで名前が公にできないため、匿名の「島民記者」になった。そして、取材から編集、記事配信までのすべてを取り仕切る「デスク」は、新聞取材の経験がある私が担当することになった。

次は記事の配信方法だが、これはすぐに決まった。新聞社が発行部数の激減に苦しむなかで、紙媒体という選択肢はあるはずもなく、インターネットで記事を配信するネットメディアで即決した。

ただ、そうはいってもニュースサイトをつくるには、それなりの知識と経験がいる。簡単にウェブサイトの制作や管理ができるとされる「CMS」(コンテンツ管理システム)を利用する手もあるが、私には未経験の領域だった。また取材費はおろか、立ち上げ資金もなかったので、レンタルサーバーの利用料も節約したかった。

誰でも簡単かつ無料で情報発信をするには、どうすればいいのか。すぐに「フェイスブック」や「ツイッター」(現「X」)が思い浮かんだが、とてもニュースサイトには見られない。

そうなると、残る選択肢はネット関連サービス会社が運営する「ブログ」に絞られた。それなら私にも経験があり、かつては新聞やテレビでは伝え切れない記事をブログで配信していた。幸いにも、当時のページデザインはそのまま残っており、手直しすれば簡単にニュースサイト仕立てのブログになる。

これで新たな市民メディアの体裁が固まった。あとはメディアの名称になるが、これは私を除く全メンバーの希望ですぐに決まった。

「屋久島ポスト」

私が2018年に立ち上げた独自ブログメディアの名称である。

筆者が独自のブログメディア「屋久島ポスト」で報じていた入山協力金着服と山海留学体罰訴訟の記事

このブログで私は、山海留学の体罰訴訟や入山協力金横領事件など数多くの問題を報じ、町内には一定の読者がいた。やがて、それなりに知られた存在になり、屋久島で「ポスト」と言えば、小学館が発行する「週刊ポスト」ではなく、「屋久島ポスト」のことだと思う人が増えていた。だが、私の報道が気に入らない町議会の幹部らから圧力を受け、記事の削除を求められたり、出張旅費不正精算事件の取材で刑事告発されたりして、失意の休刊に追い込まれていた。

一度は断念して消え去った屋久島ポストの名称が復活する。それも今度はひとりではなく、鹿島さんら住民有志の仲間もいる。

編集会議を終えて帰宅した私は、すぐにパソコンと向かい合った。そして、久しぶりに旧屋久島ポストの管理画面にログインして、新たに生まれる市民メディアのページデザインを始めた。

4章 報道砂漠⑦につづく)

本文に登場する人物の肩書と年齢は当時のものです。

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