6章 住民訴訟②『離島記者』

裁判は2022年11月から始まり、翌年7月までの8カ月間に計5回の口頭弁論が開かれた。
弁論といっても、原告と被告が法廷で言い争うわけではなく、裁判前に答弁書や準備書面を交換するだけで、原告の小脇さんは毎回、協力者の手助けで文書を提出した。その一方、被告の町は元弁護士の河野通孝・法務事務専門員と総務課の職員を「指定代理人」にして、請求の棄却を求めて争った。
裁判の様子は屋久島ポストで詳細に報じた。ただ、口頭弁論の度に鹿児島地裁まで行く予算がないため、小脇さんにお願いして、双方が交わした文書を渡してもらい、それぞれの主張を記事にした。

まずは訴状を受けて、屋久島町は答弁書を出したのだが、そこには町議会でも報告されたことがない新事実が書かれていた。
それまで町は、約束の工期内に工事が終わるとの認識で、担当職員が国に「すべての工事が完成した」とする報告書を提出したと説明していた。ところが、裁判所に出した答弁書には、その職員が町の公印を勝手に押したうえで、町長や課長ら幹部の決裁を受けることなく、独断で報告書を提出したと記載されていたのだ。
<(職員Aは)町長までの決裁を取らなければならないはずの実績報告書の提出についてもこれをせず、あらかじめ部下の職員B及びCに命じて公印使用申請書(伺い)という本来軽易な文書に用いられる簡略な手続きで公印を押させておいた提出用のかがみに添付する形で、本来決裁を受けるべきはずの生活環境課長、総務課長、副町長及び町長の決裁を受けずに、独断で提出したことが窺われ、また実績報告書の付属書類として別途提出した検査調書、完成写真を提出する際にも決裁をとった形跡がない>(※原文では職員は実名)
この説明が事実であれば、担当職員の3人は懲戒処分の対象となり、上司の生活環境課長も管理責任を問われるはずだ。だが町は、この事実を町議会などで一切明らかにせず、住民訴訟が提起されなければ、ずっと表に出すつもりはなかったと思われた。

また、工期内に工事が終わるとの認識で報告書を作成したのであれば、公印を勝手に押したり、上司の決裁を回避したりする必要はなかったはずだ。何か「やましいこと」があったからこそ、職員が法令違反の疑いがある事務手続きをしたとしか思えなかった。
それでは、なぜ急に職員の不正行為を裁判で明らかにしたのか。
町によると、訴訟の準備を進める過程で判明したということだったが、私はその説明を疑い、こう推察した。
住民訴訟では、荒木町長ら幹部3人の管理責任が問われた。そこで、担当職員が上司の決裁を受けずに独断で報告書を提出したことを明らかにすれば、幹部3人が法的責任を負う可能性が低くなると見込んだのではないか、と。
虚偽報告が発覚した当初、屋久島ポストの取材に対し職員Aは、工事が未完成だったことを担当課長に「報告した」と証言していた。訴状にも同様の証言が記載されていたため、町としては、職員Aの証言を否定する必要があったのだ。

それゆえ、担当職員の不正行為を踏まえて、町はこう主張した。
<職員Aの一連の行為を見れば、「課長には話した、知っているはずだ」という職員Aの発言が事実に反することは十分窺われるところである。(中略)したがって、課長が本件実績報告書の作成、提出について、自ら関与し、あるいはその内容が事実に反するものであることを認識しながら容認、放置していたということはありえないというべきである>
この記述を読んだ私は、部下に責任を転嫁する上司の典型だと感じた。それは荒木町長と日高副町長も同じで、職員の説明を信じたために、虚偽報告について国に伝えなかったとする主張をした。
<荒木、日高の両名についても(中略)、職員Aから「補助金部分の工事は完了しており補助金の交付については問題がない、単独事業分の遅れについては県や国への報告の必要はない」との説明があったため、 改めて報告する必要はないと考えたからであり、原告が主張するような故意による放置、隠蔽といった事実は全くない>

しかし、この職員Aの説明は事実ではなく、結果的に虚偽の内容だった。さらには虚偽報告をした職員の説明であり、本来であれば、荒木町長ら幹部はその説明が正しいのかどうか、国や県に確認する必要があった。それにもかかわらず、確認を怠ったうえに、すべてを鵜呑みにした荒木町長らに管理責任があるのは明らかだった。
返還した約1668万円に対する町の認識も、実に無責任なものだった。工期内に工事が終わらなかったのは、町が適切な工事管理を怠ったためで、それが原因となって、受け取れるはずの補助金を返すことになった。だが、町は<もともと貰えなかったものを返還した>に過ぎないと主張し、町は損害を受けていないというのだ。
<町は年度内に工事を完了できなかったためにもともと交付を受けられなかった補助金を荒木ら3名が町の機関として虚偽の実績報告書を使用して取得したものの、その事実が発覚したため返還した、すなわちもともと貰えなかったものを返還したというに過ぎず、したがって、 荒木ら3名の行為によっては町には何らの損害も生じていないということになるわけである>
物は言いようで、そう主張されると、納得してしまいそうになった。しかし、それでは適切な工事管理を怠った町の責任はどうなるのか。それによって私たち住民は、町の公費から約1668万円を失っており、その責任を町の幹部や職員が負うのは当然だろう。
弁が立つ町の答弁書を読みながら、なかなか厳しい闘いになりそうだと思ったが、住民訴訟には大きなメリットがあることに気づいた。議会や取材で、町が決して明かすことがない事実でも、法廷であれば引き出せる可能性があるのだ。虚偽の報告書を提出する際に、職員が勝手に公印を押し、上司の決裁を取らなかったことは、訴訟をしなければ絶対に知り得ない事実だった。

それがわかった小脇さんは、議会や取材で求めがあっても、町が頑なに公表を拒んだ文書を証拠提出するように求めることにした。虚偽報告の事実を国に伝えたのち、町は工事に関わった全業者から事情を聴いており、聴取記録の文書を残していたのだ。
裁判で相手方に証拠提出などを求めることを「求釈明」といい、請求する文書と理由を具体的に示す必要がある。小脇さんは準備書面にこう記し、工事業者などへの聴取記録の提出を求めた。
<被告は、2021年11月に国への虚偽報告が発覚したのち、関係した全職員と全工事業者に対して、聴き取り調査を行った。しかしながら、被告の答弁書には、職員が説明した一部の内容を除き、その他の証言は何も記載されていない。本件に対する被告の対応を検証するうえで、関係した全職員と全工事業者の証言は必要不可欠である>
ところが、小脇さんの期待は外れてしまった。業者などへの聴取記録について、町が<今回の請求には関連性がない>などと主張して、証拠提出を拒否してきたのだ。
過去の取材で、町から公開を拒否された聴取記録の文書であり、私たちとしても残念な結果だった。だが、提出しない理由を詳細に読むと、町が不可解な主張をしていることがわかった。
<原告は、この求釈明を事案の解明というよりは情報の開示により原告に有利な事実、証拠が出てくるかもしれないとの期待、推測の下に行っているものと考えられる>
<本来、自己に有利な証拠の提出は自らの手で、自らの責任でなされるべきもの>
この補助金不正請求事件を解明するために、業者への聴取記録は極めて重要な文書だ。それなのに、なぜ町は<原告に有利な事実、証拠が出てくるかもしれないとの期待、推測>で請求していると疑うのか。事実の解明を期待する私たちから見れば、この主張は「町にとって不利な証拠を隠している」としか思えないものだった。
聴取記録については、原告と被告が「出せ」「出さない」と争い続けたが、裁判が7月に結審するまで提出されることはなかった。
(6章 住民訴訟③につづく)
※本文に登場する人物の肩書と年齢は当時のものです。
【ご感想・メッセージ】
取材記『離島記者』に関するご感想やメッセージなどは、以下のフォームよりお寄せください。→ https://forms.gle/393iKVFjZ8X5Smzg8
