【寄稿】日本で唯一現役の森林鉄道を屋久島の新たな観光資源にする
新しい観光資源・森林学習の場として森林鉄道を未来へつなぐ
森林トロッコの復活利用によって世界自然遺産の島のさらなる活性化を目指す
NPO法人「屋久島森林トロッコ」理事長 小脇清治

100年以上の歴史を誇る「安房森林鉄道」を屋久島観光に活かすことを求める陳情書が屋久島町議会6月定例会に提出された。
同鉄道は1923(大正12)年に開通し、日本国内では唯一現役で稼働している森林鉄道だ。経済産業省の「近代化産業遺産」に認定されており、鉄道の観光利用が実現すれば、縄文杉と並んで屋久島観光の大きな目玉になることが期待される。
この計画については、今回の陳情書を出したNPO「屋久島森林トロッコ」の小脇清治理事長が「GREEN AGE/グリーン・エージ」(2021年7月号)に寄稿して、同鉄道の歴史や価値、観光利用の意義などを紹介。同誌を発行する一般財団法人「日本緑化センター」の許諾を得て、以下に記事を掲載する。
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特集「林野を疾走した森林鉄道に思いを馳せる」
新しい観光資源・森林学習の場として森林鉄道を未来へつなぐ
GREEN AGE/グリーン・エージ2021年7月号より転載
屋久島の概要
屋久島は九州の南端から60km南下した洋上にそびえる島です。面積は500㎢、周囲130km、人口1万2000人で、島の形状が円錐形をしていることもあり、洋上アルプスと呼ばれています。九州一の高さを誇る標高1,936mの宮之浦岳を始め、1,500m級の山々が連座していることから山岳部を八重岳と総称されます。

高温多湿のため、年間降水量は里地で4,000mm、山岳部では8,000mmにおよびます。
亜熱帯から亜寒帯に及ぶ垂直分布は多様な植物群を育み、沿岸部はガジュマルやアコウなどの亜熱帯照葉樹林、標高600m付近まではシイやカシなどの照葉樹林帯が広がり、標高が高くなるにつれ屋久杉と広葉樹の森が広がり、1,700mで森林限界に達します。樹齢7,200年ともいわれる縄文杉は、標高1,300mの山中にあり、登山者垂涎の的となっています。
野生動物はヤクシマザルやヤクシカが数多く生息しています。
このような豊かで美しい自然が残されていることから、平成5(1993)年に島の面積の約21%が日本で最初の世界自然遺産に登録されました。

屋久島における国有林
屋久杉の利用は、天正14 (1586)年に島津家当主である島津義久が、京都の方広寺建立の用材として伐採を命じたのが始まりといわれています。島民は年貢を屋久杉平木で納めることも許されていました。
明治時代に入り、山林はすべて官林となりました。島民は島の共有地として利用した実情を訴え、16年間に及んで国と国有山林下戻し請求の裁判を行いましたが、島民側の敗訴となりました。島民の生活は困窮したことから、島のあちこちで山官(営林署の職員)と島民の紛争が激化しました。これを重くみた国は大正11(1922)年に「屋久島国有林経営の大綱」俗にいう「屋久島憲法」を定めて、島民の生活向上をはかるとともに「第一次屋久島国有林施業計画」を策定し、屋久杉伐採を中心とした本格的な国有林経営に着手しました。
安房森林鉄道
大正11年6月、安房にある貯木場から伐採拠点の小杉谷事業所までの16kmを結ぶ森林鉄道の工事が着工しました。ナロンケージという幅762㎜の線路です。
全区間難所の連続で、その作業は困難を極めたそうです。現状のような近代的な機械はなく、ノミを用い、土石の搬出にはモッコを使用し、人力のみで約1年半後の大正12(1923)年に完成させました。それは特筆すべき突貫工事だったと伝えられています。途中には24の橋梁と16のトンネルがあり、沿線の景観は大変美しいものでした。

開通後は屋久杉伐採箇所の移動に伴い年々延長され、26kmにも及びました。森林鉄道は、屋久杉の搬出はもとより、小杉谷集落に暮らす人たちの日常生活を支える重要な交通機関として利用されました(写真1)。
しかし、安房から荒川に車道が完成したことに伴い、昭和45(1970)年5月、半世紀にわたるつとめを終え、トラック輸送に転換。屋久杉搬出以外では、(株) 屋久島電工が安房川上流に水力発電所を建設する際、資材や作業員を運ぶために24時間運行もなされました。
その後、安房から11kmは、屋久島電工が安房川第一発電所の保守点検のため、この区間の敷地を借用(レール等の施設は屋久島電工の所有)して運行しています。また、荒川登山口~大株歩道入口の7kmの区間は、山小屋のし尿搬出用として年数回利用されています。
旧屋久町における取組
平成4(1992)年から翌年にかけて、旧屋久町では森林鉄道を普通鉄道として動態保存し、乗車そのものを植生等の学習の場、いわゆる「動く環境教室」とするとの主旨で「実行可能性調査」が行われました。
私は観光協会会長として、初めから急勾配と急曲線に加え、国立公園内における許認可手続き等、諸問題が山積することから、鉄道運輸業としての運行は厳しいと指摘しましたが、町は多額の調査費を計上し続けました。しかし、結局は頓挫し、その後は手付かずの状態が続いていました。
屋久島森林鉄道設立のための発起人会
世界自然遺産や高速船就航の特需で盛り上がった屋久島の観光は平成20(2008)年をピークに減少し続けており、縄文杉偏重の観光にも翳りが見え始めました。そこで、森林鉄道に新しい息吹きを与え、観光資源として復活利用しようという気運が安房地区で持ち上がりました。平成24(2012)年7月には有志が集まり、森林鉄道設立のための発起人会が発足し、「屋久島森林鉄道利用検「討委員会」 が誕生しました。その後、屋久島電工や屋久島森林営林署等の関係機関との協議を重ね、「是非ともやりとげなければ」との思いから、「屋久島森林鉄道夢プロジェクト」が設立されました。

屋久島森林鉄道夢プロジェクト構想書(案)抜粋
かつて屋久島森林鉄道(安房森林軌道)は、山岳部の豊富な森林資源を里地へ運ぶという大切な意味を持っていました。また、山岳部には小杉谷集落など森林資源生産にともなう島人の暮らしがあり、その生活を支える唯一の交通手段として位置づけられていました。
昭和45(1970)年、屋久杉伐採が計画量を満たしたことにより、下屋久営林署の小杉谷事業所が廃止され小杉谷集落も消滅。その後も森林軌道は屋久杉土埋木(※注)搬出の一役を担っていましたが、平成21(2009)年12月、軌道周辺の土埋木生産終了に伴いトロッコによる搬出に幕を下ろしました。
「山と生活の関わり」という視点で見ると、「安房森林軌道」は屋久島の暮らしの歴史を物語る上で、貴重な「産業遺産」、「文化遺産」といえる ものです。
私たち人間にとって「屋久島の価値」とは何か。「森の価値」とは何か。真剣に考えました。それは……
「屋久島森林鉄道」を、「新たな島づくり / 地域おこし」の柱として「新しい価値」を与えよう。……というものです。
※注:土木藩政時代に伐採され土中に埋もれている屋久杉の切り株や倒木のこと
九州運輸局 鉄道部計画課の見解
観光客を乗せて運行できるのか。私たちが超えなければならないハードルは高いものでした。
旧屋久町の失敗例を踏まえ、鉄道運輸事業としては国の許認可は得られないと考え、「遊具施設」として復活利用を図れば可能ではないか。その思いから九州運輸局の指導を仰ぐとともに、先例地である長野県上松町の赤沢森林鉄道の視察研修、現況の安房森林鉄道の実態調査を行いました。
その結果、安房森林鉄道26kmのうち、現在、屋久島電工が起点としている苗畑から1.5kmの区間が国立公園区域外であることから、早期に実現が可能ではないかとの結論に至り、「屋久島森林鉄道実行計画書」を作成しました。そして、九州運輸局鉄道部計画課と数度 のやりとりをした末、平成25(2013)年7月に同課から以下の回 答を得ました。
「鉄道運輸事業には該当しないものと考えます。現状では運用主体はどこが行い、国有林である(森林管理署) 敷地との関係や施設、車両の安全性の確保等が不明確であることなどから、更に検討を重ねて頂き、見通しが立った時点で改めて現状と変わりがないかを含めてご相談いただきたいと思います」
この回答を踏まえ、安全性を第一とし、自己責任による運行が可能になったと受け止め、このプロジェクトの推進に一同自信を深めました。

屋久島電工との交渉
平成26(2014)年3月、夢のプロジェクトの推進を図ろうと、NPO法人「屋久島森林トロッコ」として鹿児島県に認可申請を行い、7月に認定証が交付されました。
これに伴い、同年7月から本格的に屋久島電工との敷地借用の交渉が始まり、さまざまな角度から協議を重ねました。そして、現地調査を実施し、数度にわたる陳情書のやりとりを行い、以下の計画案が決まりました。
①屋久島電工と観光トロッコの運用区間をすみ分ける。
②起点の位置を別の場所に置く。
③そのための取り付け道路についてはNPOの責任によって整備する。
上記の案により、私たちは設計委託を行うなど準備を進めました。ところが、平成29(2017)年9月、屋久島電工の担当常務の交代により、突然の「交渉打ち切り」が口頭で伝えられ、計画が暗礁に乗り上げました。現在文書で回答を求めていますが、未だに回答がなく、私たちの焦りは日に日に増幅しています。
背景には、このプロジェクトに対する屋久島町の消極的な姿勢があります。計画の実現には町と森林管理署の協力が必要なのですが、島の観光に対する見識の違いもあって、町から積極的な協力は得られていません。しかし、島の観光に資するためには、今後も、屋久島町や森林管理署、屋久島電工などの関係者と連携して進めていくことが必要不可欠です。

森林トロッコは国民共有の財産
屋久島電工は島の豊富な水を使って水力発電を行い、炭化ケイ素を製造販売し、余剰電力を島民に供給しています。島民は地元企業のために、ダムの緊急放流時や公害問題等には最大限の協力をしています。企業として、利益の追求は当然でありますが、地域振興なくして企業は成り立ちません。屋久島の森林トロッコは平成20(2008)年に経済産業省の「近代化産業遺産」に選ばれるなど、国民の貴重な共有財産であり、独占は許されません。水力発電所の緊急時のトロッコ使用と観光トロッコの共存は可能だと考えています。

私たちはいかなる困難があっても、屋久島の振興発展のために森林トロッコの復活利用を実現し、国民の財産として子どもたちに引き継ぐことを諦めてはいません。先人の知恵を受け継ぎ、晴天で線路が乾いて車輪が回らなければ、乗客が降りて押したり水を撒いたり、雨の日に滑りすぎたら砂を撒いて速度を落としたりと、そんな、昔ながらの運行方法も守り続けたいと思っています。
屋久島電工が借地をしている起点から1.5kmが無理ならば、鹿児島県が管理する荒川登山口から小杉谷に至る3.7kmの区間ではどうなのか、種々模索して実現を図っていきます。
新たな観光資源として、また、子どもたちの「学習資源」として、小鳥のさえずりと共に大勢の歓喜が渓谷にこだまする日まで、私たちの挑戦は続きます。
資料:トロッコ路線図抜粋(提供: 屋久島森林管理署)
引用文献: 中村和也(2015)新たな使命を担い走り続ける「安房森林 軌道」『土木遺産IV』建設コンサルタンツ協会『Consultant』編集部編、ダイヤモンド社
小脇清治(こわき きよはる)
旧屋久町企画課長、屋久島観光協会長、屋久島農協長を経て、現職は屋久島配電者組合協議会会長。
■屋久島観光への提言や意見
屋久島観光の将来的なビジョンについて、読者からのご提言やご意見をお待ちしています。記事としてご紹介するともに、荒木耕治町長ら町幹部に伝えさせていただきます。以下URLのフォームから投稿をお願いいたします。
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