1章 町長の嘘③『離島記者』

多数派の町議に守られた町議会では、あれだけ強気だった荒木町長だが、南日本新聞の特ダネ記事が出ると弱り始める。
記事が掲載された日の早朝、私は荒木町長に直接取材をすることにした。この日、町長は鹿児島市に出張する予定で、私は高速船が発着する島北部の宮之浦港まで行って、他の記者たちと町長を待ち構えた。しばらくすると、高速船ターミナルの前に町の公用車が止まり、町長が降りてきた。
すぐに私は立ちふさがり、真正面から問いただした。
「けさの新聞で、航空券20回払い戻し、と書かれていますが、それでもシルバー割引は利用していないんですか?」

すると、町議会での強気な態度とは打って変わり、荒木町長は少しうつむきながら、ぼそぼそと答え始めた。
「今、自分の頭のなかで(記憶を)いろいろと掘り起こしている」
町議会では3度も明確に否定していたのに、今になって「記憶を掘り起こしている」とは、どういうことなのか。航空券を20回も払い戻したあと、もしシルバー割引で買い直していれば、そう簡単に忘れるはずはなかった。
しつこく質問する記者たちから逃げるように、荒木町長は高速船ターミナルの喫煙室に入った。だが、それでも私たちは紫煙のなかに飛び込み、タバコの煙をくゆらす町長を取り囲んだ。

すると、今度は町長から逆に質問された。
「私が航空券を払い戻ししたって、誰から聞いたんだ」
そんな情報源は明かせるはずもなく、私が「それは言えません」と返すと、荒木町長は不機嫌そうな表情を浮かべた。それ以降、町長は口をつぐみ、ほとんど話すことなく高速船に乗ってしまった。
この日の取材では、新たな事実は明らかにならなかったが、翌12月25日、またもや南日本新聞が特ダネ記事を打ってきた。2日連続の一面トップで、<払い戻し新たに20回判明><計40回、差額100万円か>と伝えたのだ。

これで荒木町長の旅費着服は、もう疑惑ではなくなった。さらには、町長の記事の横に目を疑うような見出しが躍っていた。
<議長、着服認める><高齢者割引切り替え「3、4回やった」>
なんと、屋久島町議会のトップである岩川俊広議長がシルバー割引を利用して、事前に購入した航空券との差額を着服していたというのだ。南日本新聞の取材に対し、「大変申し訳ない。正確に覚えていないが、回数は3、4回で、差額は合計5万円ほどだと思う」と答えているので、議長本人も認めたということである。
もし、これで荒木町長がシルバー割引の利用を認めれば、町役場と町議会のトップ2人が出張旅費を不正に着服したことになる。
私としては、2度も続けて特ダネを抜かれてしまったが、この日もなぜか嬉しかった。その取材の渦中に自分もいて、町長の嘘が少しずつ暴かれていく過程を目の当たりにしながら、地域社会を監視する地元紙に頼りがいを感じるようになっていた。
この特ダネ記事が決定打となって、事態は大きく動き始めた。
その日の午後になると、マスコミ各社に広報文がファクスで送られてきた。差出人は鹿児島市内の弁護士事務所で、頭書きの<記者会見のお知らせ>に続いて、<屋久島町長である荒木耕治氏の旅費問題に関する記者会見を行います>とある。日時は<12月26日 午後4時~4時30分>で、場所は屋久島町内のホテルだった。

町議会でシルバー割引の利用を完全否定してから2週間あまり。「記憶を掘り起こす」のにだいぶ時間がかかったが、報道に追い詰められる格好で、やっと荒木町長が自ら説明することになった。
一転して記者会見で謝罪
12月26日の屋久島町には大勢の報道陣が押し寄せ、慌ただしい一日となった。
午後一番には、町政の重要な問題などを話し合う町議会の全員協議会が開かれ、岩川俊広議長は神妙な面持ちで、シルバー割引を利用した経緯を説明。実際の航空券代よりも多く旅費を受け取った責任を取って、議長を辞任すると表明した。
それに対し、一部の町議からは「公金を横領した以上、議員辞職するべきだ」「議長が議員辞職しなければ、議会を解散して、全議員で出直すことを提案する」などと批判の声が飛んだ。だが、岩川議長は「支持者と相談して考えたい」と述べるに留まり、進退については明言を避けた。

そして夕方になると、大海原を望む高台に立つ「シーサイドホテル屋久島」の宴会場に約40人の報道陣が集まり、荒木町長の記者会見が始まるのを待ち構えた。取材席の最後列にはNHKや民放各局のテレビカメラがずらりと並び、長い棒の先にマイクがついたマイクブームポールを手にした録音担当のスタッフは、町長が座る会見席の真ん前に陣取った。
午後4時、荒木町長は弁護士を伴って会場に姿を見せると、冒頭で立ったままマイクを握り、こう切り出した。
「私は東京などの出張の際、航空券をシルバー料金の航空券に買い替えて、その差額の返還を怠っておりました」

この説明を聞いて、いきなり私は大きな疑問を感じた。あれほど否定していたシルバー割引の利用を認めたのはいいが、「差額の返還を怠っていた」というのは、どういう意味なのか。これでは、単に差額を返し忘れていただけで、すべての差額を返還すれば、「何も問題ない」と言っているように聞こえるではないか。
(1章 町長の嘘④につづく)
※本文に登場する人物の肩書と年齢は当時のものです。
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