1章 町長の嘘⑤『離島記者』

その夜、鹿児島のテレビ各局は、シルバー割引の利用を認めた荒木町長の記者会見について、一斉にニュース番組で報じた。さらに翌日の南日本新聞は、一面と社会面のトップに<荒木町長 着服認める><返還必要と理解せず>の大見出しを掲げ、会見で荒木町長が深々と頭を下げる写真を掲載した。

これだけの騒ぎになると、日ごろは物静かな屋久島の住民たちも黙ってはいなかった。この旅費着服問題を団結して追及するために、住民団体「清く正しい屋久島町を創る会」が結成され、12月27日には緊急の記者会見が開かれることになった。
会の代表になったのは、大阪の大手空調メーカーを定年退職したのちに、故郷の屋久島に戻った鹿島幹男さんだ。長年、労働組合の幹部を務めた経験から、組織幹部の管理責任に対する問題意識が高く、このまま町長と議長による不正を見過ごすことはできないとして、約30人の住民有志と立ち上がったのだ。
記者会見に臨んだ鹿島さんは、「屋久島町が起こした大恥について、昨夜は全国ニュースでも報道され、私たち住民は強い憤りと恥を感じています」と述べ、荒木町長と岩川議長を強く批判した。さらに2人が町を代表するトップであることを踏まえ、「ただ謝罪してお金を返せば済む問題ではない」として、年明け早々にも2人を詐欺などの疑いで刑事告発する方針を明らかにした。

続いて、ずっと荒木町長の支持者だったという女性の住民も発言し、「なぜ虚偽の発言をしたあとに、すぐに訂正をしなかったのかと思うと、怒りがこみ上げてきます」と、町長に裏切られた憤りをあらわにした。さらに「屋久島の住民が鹿児島県の最低賃金(当時790円)で5万円を稼ぐためには、とても大変な労働をしなくてはならず、町長はそんな苦労を知らないのではないか」と涙を浮かべながら訴え、荒木町長に速やかな辞職を求めた。
この会見を取材した私は、どんなに小さくても、嘘をつくことの恐ろしさを思い知らされた。それも全住民の代表である町長となれば、取り返しがつかないことになると痛感した。
2019年を振り返ると、2月に入山協力金3000万円の横領事件が起きたが、5月には元号が令和に変わり、荒木町長は新しい役場庁舎の完成を盛大に祝うことができた。一騎討ちとなった10月の町長選では、43票の僅差で当選を果たし、念願の3期目を迎えた。
ところが12月、シルバー割引を悪用した自身の旅費着服問題が発覚。荒木町長は議会でついた「小さな嘘」の責任を背負ったまま、新たな年を迎えることになった。
町長の嘘に怒る住民たち
2020年の新年が明けても、年末から募った住民たちの怒りは収まらなかった。
1月10日、柱や梁に屋久島産の地杉材がふんだんに使われた町役場の議会棟には、朝から数十人の住民が集まり、杉の香りが漂う議場の入り口前に陣取った。午前10時前、横一列に並んだ住民たちが幅5メートルの横断幕を広げると、真っ白な紙の上に、勢いよく躍る大きな筆文字が現れた。
<着服町長は辞任せよ。>

臨時議会の開会が迫るなか、荒木町長が部下の幹部らを引き連れ、長い廊下の向こうから姿を見せた。すると、それと同時に住民たちが一斉に声を張り上げた。
「着服町長は辞任せよ!」
大きなシュプレヒコールが飛ぶなか、荒木町長は伏し目がちに歩き続けた。そして、横断幕にちらりと目をやり、足早に通り過ぎようとした、その時だった。
「ちょっと、待って!」
鋭い声を上げ、2人の住民が荒木町長の前に立ちふさがった。旅費着服問題を受けて、町長を追及しようと立ち上がった「清く正しい屋久島町を創る会」代表の鹿島さんら住民団体のメンバーだった。
鹿島さんは荒木町長ににじり寄り、手にした文書を読み上げた。
「貴殿が行った行為は、断じて許すことはできません」
「再三再四にわたる虚偽答弁、虚偽の発言も許すことはできません」

さらに最後には、大きな声を張り上げ、こう告げた。
「よって、早急に辞任されることを住民として勧告します!」
それと同時に、荒木町長を囲んだ住民たちからは「そうだあ!」と声が上がり、長い廊下に重く響きわたった。
続いて、鹿島さんは荒木町長の目を見つめて、「辞任勧告書」を差し出した。あまりの迫力に押されたのか、町長は呆然とした表情で文書を受け取り、大勢の部下や町議が待つ議場へ姿を消していった。
新年早々、荒木町長が出席した臨時議会は、旅費着服問題の責任を取って辞任する岩川俊広議長の後任を選ぶ場だった。多くの住民が押し寄せた傍聴席からは、厳しい視線が町長と議長の2人に注がれ、議場は緊迫感に包まれていた。後任の議長選には町議2人が立候補し、投票によって新議長を選出。その後、新しい副議長なども粛々と決まり、本来であれば、それで臨時議会は閉会するはずだった。
ところが、議事の最後に真辺真紀町議が「議長!」と手を挙げ、静かに自席を立った。黒いスーツに身を包んだ真辺町議は、足早に議場の前方へと進み、一礼をして演壇に立つと、同僚議員や傍聴する住民たちと向かい合った。真辺町議のすぐ近くには荒木町長が座り、じっと視線を下に落として、うつむいている。

「みなさま、こんにちは」。よく通る真辺町議のやわらかな声が議場に広がった。だが、その声はすぐに不穏な響きへと変わった。
「屋久島町長不信任決議案、本議会は屋久島町長、荒木耕治君を信任しない。以上、決議する」
出張旅費の着服問題を受けて、真辺町議が荒木町長に辞職を迫る不信任決議案を提案したのだ。
不信任決議とは、議会が首長を辞めさせたい場合に出されるもので、可決されると首長は辞職をするか、議会を解散するかの選択を迫られる。もし議会の解散を選び、議員選挙で選ばれた議会が再び不信任決議案を可決すると、その首長は失職することになる。
(1章 町長の嘘⑥につづく)
※本文に登場する人物の肩書と年齢は当時のものです。
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