3章 容疑者⑥『離島記者』

ここまで刑事に伝えれば、屋久島町が抱えてきた数々の問題に対して、私が取材で追及する必要があったことを十分に理解してもらえると思った。初日の取り調べは、昼食を挟んで計5時間近くにおよび、一方的に話し続けた私はだいぶ疲れていた。ところが、ずっと向かい合ってきた刑事の表情を見ると、疲労の色は微塵もなく、まだまだ話を聴きたそうだった。
そこで、最後の最後だと思い、公費を飲食費などに流用しようとした町の職員による不祥事について、手短に話すことにした。
「農林水産課の職員が『森づくり推進員』の報酬を飲み会代などに使おうとして、警察の取り調べを受けている」
そんな情報提供が私にあったのは、入山協力金横領事件が発覚する直前の2019年1月のことだった。複数の関係者を取材すると、森林管理の指導などをする推進員への業務委託料を、町の職員が架空の書類を作って不正に支給して、屋久島森林組合の幹部に渡そうとした疑いがあることがわかった。

森づくり推進員とは、間伐が行き届いていない民有林の調査や管理の指導にあたる業務で、委託料の全額を鹿児島県が補助している。例年、町は10人と契約を結び、1人あたり9万円、合計で90万円の予算を計上していた。
町内の林業関係者によると、2018年2月、農林水産課の職員から推進員の一人に電話があり、「委託料の9万円を銀行口座に振り込むので、全額を森林組合の幹部に渡してほしい」と指示があった。通常、委託料の支払いには業務日誌や請求書が必要だが、この推進員は関係文書を作成中で、まだ提出していなかった。
だが、推進員は不審に思いながらも、指示どおりに入金があった9万円を森林組合の幹部に渡した。すると、その幹部は現金を受け取ったあと、そのうちの数万円を抜き取って渡そうとしたが、推進員は受け取らなかった。
その後、推進員の関係者が町の職員と組合幹部に事情を聴くと、推進員名義の架空の業務日誌や請求書などを作成したことを認めた。さらに理由を尋ねたところ、職員は「書類的には簡単なものだったので、自分で作ればいいと安易な気持ちで(やった)。正直に言います。色々と(林業関係者で)集まる機会が多くて、何らかの打ち上げとかで(金を使おうと)私が考えた」と打ち明けたという。
そこで私は、関係者から職員の連絡先を教えてもらい、本人から直接事情を聴くと、すでに警察での事情聴取を終えて、書類送検されていたことがわかった。おおむね容疑を認めているとのことで、依願退職をして責任を取るということだった。
これらの取材をしたあと、私は町に事実確認をしようとした。だが、応対した岩川浩一副町長は、職員が刑事捜査を受けていることを理由に応じなかった。そこで仕方なく、私は2019年3月、林業関係者の話を踏まえたニュースをKKB鹿児島放送の報道番組で伝えた。

ところが、そのニュースを報じた翌日、岩川副町長の対応は一転した。町内に常駐記者がいた南日本新聞の取材に対し、「推進員の仕事が遅れていたために、やむを得ず職員が関係文書を作成した」とする趣旨で説明。その記者は推進員に直接取材することなく、町の言い分をそのまま報じてしまった。
私の取材では、確かに職員は推進員の報酬を飲食費に使うつもりだったと説明し、その音声もしっかり録音されていた。さらには職員本人も、虚偽の文書を作成したことを認めていた。そこで再度、岩川副町長に取材を試みると、今度は「すでに職員は依願退職したので応じられない」と言って、またもや取材を拒否されてしまった。
結局、その職員は虚偽の文書を作成した容疑を認めたうえで、依願退職で社会的制裁を受けたとして、起訴猶予の不起訴処分になった。だが、その後も岩川副町長は「職員はやむを得ず関係文書を作成した」と、職員の証言とは全く違う説明を町議会で続け、最後まで事件の真相を明らかにしなかった。

たっぷりと5時間も話をして、初日の事情聴取は終わった。初対面だったこともあり、最初は硬い表情だった刑事も、終盤はまるで雑談をしているかのように穏やかな口調になった。そして、別れ際には「長い時間、お疲れ様でした」と言って、取調室の前で見送ってくれた。
刑事ドラマのような厳しい追及を恐れていた私にとっては、まさに安堵のひとときであり、真っ暗なトンネルに一筋の光を見るような思いだった。
夕刻、すっかり疲れ果てて帰宅すると、我が家のベランダには洗濯物を干すかのように、黄色いタオルやTシャツが5枚ほど掲げられていた。そのすぐ横では、朝は悲しげに私を見送った娘が、なんやら含みがあるような笑みを浮かべていた。いったい何事かと思いきや、その隣にいた妻が笑いながら言った。
「『幸福の黄色いハンカチ』よ」
なるほど、山田洋次監督の名作映画をまねたということか。でも、あの作品は殺人事件で服役した夫の帰りを願う妻が、家の前に黄色いハンカチの幟旗を立てて待ち続けるという設定で、名優の高倉健さんと倍賞千恵子さんが演じたラストシーンが有名である。
有罪になったわけでもないのに、全く縁起でもない。でも、風に揺られる黄色いタオルとTシャツで家族から出迎えを受け、これから何日続くかわからない事情聴取を乗り切れるような気がした。
(3章 容疑者⑦につづく)
※本文に登場する人物の肩書と年齢は当時のものです。
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